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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第72巻(令和元年)第10号掲載)

症例:ヨークシャーテリア9 歳,未去勢雄犬

稟告:数カ月前より排便に時間を要するようになり,肛門部近くが腫脹していることがある.前日より急に肛門部近くの腫脹が徐々に大きくなり,硬さも増して,苦しそうにしている.また,元気食欲がなく,排便・排尿も今朝からまったく認められないため来院した.

検査所見:触診では会陰部に波動感のある腫瘤物を触知する.直腸検査では直腸の偏位を認める.
なお,図1 は来院時の外貌所見であり,図2 は膀胱へのカテーテル挿入後の陰性造影X 線写真である.


質問1:腹部X 線写真で追加すべき所見を述べよ.

質問2:本症例の鑑別診断リスト挙げ,追加すべき検査を述べよ.


図1 症例の外貌写真
肛門の右側が大きく腫脹している.
図2 症例のX 線写真
膀胱にカテーテルを挿入後,尿排泄及び空気による陰性膀胱造影を行った.
解答と解説

質問1に対する解答:
会陰ヘルニア(本症例は膀胱のヘルニア囊内への脱出)


質問1に対する解説:
会陰ヘルニアは,骨盤隔膜を構成する筋群が虚弱することにより生じる.骨盤隔膜が虚弱・萎縮すると外肛門括約筋と肛門挙筋とに隙間が生じる.この状態で長期間の腹圧上昇などが繰り返し起こることで,隙間から消化管,脂肪組織,膀胱,前立腺などが皮下に脱出する.会陰ヘルニアは,7~9 歳の犬に最も多く認められる.好発犬種としては,ボストンテリア,ボクサー,ペキニーズ,オールド・イングリッシュ・シープドッグ,ダックスフンドなどである.会陰ヘルニアの60%が片側性でその大部分が右側に発生する.会陰ヘルニアの要因には,アンドロジェン性ホルモンとエストロジェン性ホルモンの不均衡が骨盤隔膜の萎縮に関連することが示唆されている.特に未去勢の犬に多いこと,去勢した犬の再発率が未去勢の犬に比べて2.7 倍低いことなどが示している.そのため,手術時には去勢の実施が推奨されている.

臨床徴候は,会陰部の片側または両側性の柔らかい整復可能な腫脹,便秘,排便困難,しぶりなどが一般的である.また,膀胱がヘルニア囊内に陥入すると尿道閉塞による排尿障害や腎不全を起こす.

診断は,多くの場合で臨床症状,外貌所見などから可能である.診断に際しての手順や注意すべき点などを表1 に記載した.

表1 診断手順と注意ポイント

質問2に対する解答と解説:
会陰ヘルニアに対する外科的な治療法には,ヘルニア部の筋肉群縫合,筋肉の転位,合成メッシュの設置,精管または膀胱の固定,再発予防を目的とした去勢などがある(表2).外科的整復には,多くの術式が組み合わされて使われる.個々の症例に最も適した術式を選択するには,会陰筋群の状態(ヘルニアの大きさや位置,筋萎縮の程度など),ヘルニアの内容(消化管,膀胱など),術者の経験などにより決まる.

本症例のようにヘルニア囊内に膀胱が陥入しており,排尿が困難な状態の場合は,手術を実施する前にまず膀胱へのカテーテル挿入,または上手くいかない場合には経皮的な膀胱穿刺による尿排泄を実施する.さらに,血液検査,画像検査などを行い,術前の身体状態や病変の程度を確認して,動物の安定化や手術の準備を行う.

麻酔は,一般的な方法でよいが,十分な鎮痛を行う必要がある.また,可能であれば硬膜外麻酔を併用することが望ましい.

手術は,感染予防のために抗生物質の投与や肛門に巾着縫合を実施する.切皮は,術式によりさまざまであるが,一般的には尾の基部からヘルニア囊の直上を通り坐骨にかけて肛門の外側を切皮する.浅臀筋の転位が必要な場合は,切皮を背側に伸ばすか,最初の切皮ラインと垂直に大腿骨大転子まで切皮する.ヘルニア囊は,鈍性剝離してヘルニア内容を腹腔に整復する.ヘルニア部の筋群縫合,必要に応じて内閉鎖筋の転位を行う.または,ヘルニア部に円錐状にした合成メッシュを設置・縫合する.その際には,感染に対して最大限の配慮を行う.また,ヘルニア内容により,精管固定または膀胱固定の実施,消化管の状態や必要に応じて結腸固定や直腸縫縮術を併用する.さらに,再発予防のために去勢術を行う.

術後管理としては,術部への過度な緊張を予防するために十分な鎮痛処置を行う.また,局所感染を予防するために術後24 時間は絶食絶飲をする.その後2 週間程度は,低残渣食を与え,同時に便軟化剤の投与を行う.多量な軟化剤の投与は,肛門周囲を汚すので便の硬さを確認しながら投与量を調整する.修復を両側性に行った場合,肛門括約筋が過度に牽引されるため便失禁の原因となることがある.

術後は,感染を予防のために術創を清潔に保ち抗生剤の投与を行う.また,抜糸まで症例が術部を舐めないようにエリザベスカラーを装着する.術部が糞便等で汚れた場合は,シャワーなどで優しく洗浄する.創傷部位の感染は,直腸または肛門囊などに刺入した縫合糸が原因となることがある.その場合には,縫合糸を除去して感染巣の確認・除去が必要になることがある.

会陰ヘルニアは,再発率が比較的高いので長期的な観察を行い,手術に際しては十分なインフォームドコンセントを実施しておくことが必要である.

表2 会陰ヘルニアの治療法

キーワード: 会陰ヘルニア,骨盤隔膜,造影検査,内閉鎖筋の転位,去勢