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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第72巻(令和元年)第12号掲載)

症例:猫,雑種,避妊雌,13 歳齢

既往歴:なし

病歴:7 カ月前に急に尿が出なくなった.3 カ所のトイレを渡り歩いて排尿姿勢をとるが尿が出ず,痛そうに鳴いていた.その後,尿淋滴となった.すぐに動物病院に向かったが,到着するとキャリーの中で排尿していた.膀胱炎疑いから抗生物質・消炎剤を数日処方された後,ベタネコールの内服により当初よりは尿は出やすくなったが,少量頻回の排尿は持続していた(ピンポン玉大の尿,1 日20 回).次第に血尿となったが尿中の細菌培養検査は陰性だった.最近は,排尿量が増え,排尿回数が減った(2~5 回/日).精査のために当院を受診.

主訴:排尿困難

一般身体検査:体重4.78kg(BCS 4/5),発熱(40℃),心拍数144/分,呼吸数72/分.外陰部に膿状分泌物の付着,外尿道口付近の潰瘍化.脱水はなし.

血液検査・血液化学検査:好中球主体の白血球増多症(16,800/μl),Cre の軽度増加(1.7mg/dl,IRISCKD ステージⅡ期)を認めた.

尿検査:比重 1.025,非溶血 1+,pH 7,UPC 0.08.尿沈渣では,結晶のかけら1~3 個/HRP,脂肪滴無数,脂肪円柱0 ~ 2 個/HRP が認められた.

X 線検査:腹部のX 線写真は図1 のとおりである.膀胱サイズは大きく,不透過性の結石は腎臓・尿管・膀胱・尿道に認められなかった.腰椎─仙椎間の変形性脊椎症が認められた.

腹部超音波検査:膀胱サイズは大きく,60ml ほどの蓄尿があった.膀胱壁の肥厚はなかったが,膀胱内に少量の砂粒状陰影を認めた.尿管・腎盂の拡張,膀胱頸の弛緩や尿道の拡張は認められなかった.


質問1:腹部X 線写真で追加すべき所見を述べよ.

質問2:本症例の鑑別診断リスト挙げ,追加すべき検査を述べよ.

質問3:最も疑われる疾患名と最適な治療法は何か.


図1 腹部X 線検査(ラテラル像)
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
追加すべき腹部X 線所見は,腹壁外への不透過性臓器の逸脱であった(図2).膀胱,脾臓,脂肪組織が疑われた.超音波検査では,体位によって脾臓が腹壁内へ戻る像が観察されたが,膀胱及び脂肪組織は逸脱したままであった.

図2 腹壁外への不透過性臓器の逸脱

質問2に対する解答と解説:
本症例の特徴は,シニア期に初めて発症し,7 カ月間という長期間の排尿困難と発熱を示し,やや改善傾向を示していたことである.一般に,排尿障害の鑑別として簡易な方法として,膀胱サイズによる分類がある.膀胱が大きい場合は,尿流出路閉塞(尿管・膀胱疾患,尿道疾患,前立腺疾患,ヘルニア),神経障害(上位あるいは下位運動ニューロン疾患,排尿筋・尿道括約筋不協調),膀胱アトニーが疑われ,膀胱が小さいもしくは正常の場合は,尿失禁(先天性形態異常,膀胱・尿管の炎症,性ホルモン反応性)が疑われる.

本症例の排尿困難の鑑別診断として,尿路不完全閉塞(尿石症,尿管狭窄,腫瘍,尿道損傷,尿道炎,ヘルニア),下位運動ニューロン疾患をあげた.この鑑別診断に基づいて,神経学検査,膣分泌物検査,造影CT 検査を追加した.なお,オーナーへの聞き取りでは,尿カテーテルの挿入歴はなく,室内飼いで交通事故・外傷歴はなく,排便時の姿勢等の異常は認められないがしきりに陰部を舐めていたとのことであった.

本症例の追加検査結果は次のとおり.


神経学検査所見:会陰反射,球海綿体反射はともに正常,姿勢反応及び脊髄反射は正常.

膣分泌物検査:黄土色の粘土状の固さで臭気あり,好中球の集簇なし,上皮細胞の剝離あり.

造影CT 検査所見(図3a 及びb):腹壁のヘルニア輪約3.5cm,ヘルニア内容は膀胱・脾臓・大網であった.腹膜炎及び尿結石は認められなかった.

図3a 腹部造影CT 検査(矢状断面再構成画像)
図3b 腹部造影CT 検査(体軸断面)

質問3に対する解答と解説:
追加検査の結果より,腹壁ヘルニア(嵌頓)に伴う膀胱逸脱による排尿困難を最も疑った.発熱と白血球増多症は,ヘルニアに起因する変化と考えられた.なお,症例はヘルニア部位周辺の脂肪組織の沈着が高度であり,触診でのヘルニア輪の確認は困難であった.

腹壁ヘルニアとは,腹部の前壁が生まれつきあるいは後天的(手術,外傷,加齢など)な原因により弱くなり腹部の臓器が突出する状態を指す.一般に犬に比べ,猫では腹壁ヘルニアになるケースは少ないとされている.ヘルニア輪が小さい場合は腹部に突出した隆起を認めるだけで,無症状のことが多い.ヘルニア輪が大きく嵌頓している場合は,発熱,排便・排尿障害や腹部の痛みを伴い,重症な場合は,腸の壊死が起こり,命にかかわる.腹壁ヘルニアには先天性と後天性の原因があり,後者の場合は,事故などの外傷・以前に受けた腹部の手術創での発生があり,人では過度の腹圧(排便・排尿困難時のいきみ,出産,激しい咳)や肥満・腹水貯留なども原因としてあげられている.特に,手術による腹壁の切開部から生じるタイプを腹壁瘢痕ヘルニアと呼び,手術直後だけでなく何年も経過してから縫合部位の裂開が生じることがあるため注意が必要である.膀胱ヘルニアの場合,X 線検査では,逸脱した膀胱は患部で球状に腫大した軟部組織陰影として認められる.膀胱の輪郭は周囲軟部組織と見分けることはできない.膀胱の確認には,超音波検査が有用であり,逆行性尿路造影X 線検査やCT 検査によって,尿道及び膀胱の位置を確認できる.膀胱ヘルニアでは,通常尿道は閉塞するために排尿困難を示す.治療法としては,早期の腹壁ヘルニア整復手術が第一選択である.整復が完全であれば再発の可能性は低いとされている.

本症例は,ヘルニア整復手術を実施した.ヘルニア輪を頭側に0.5cm 延長して切開し,膀胱と脾臓を還納した.大網は還納困難だったため,問題がないと思われる部位で切除した.ヘルニア輪の部位は,不妊手術痕と一致していたため,不妊手術に由来する腹壁瘢痕ヘルニアの可能性が高いと推察された.40℃の発熱が認められていたが,術後は38.8℃と速やかに解熱し,排尿困難も解消された.


キーワード: 長期間の排尿困難,発熱,腹壁瘢痕ヘルニア,猫