獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第73巻(令和2年)第4号掲載)
症例:シーズー,14 歳,未避妊雌,体重5.1kg
主訴:なんとなく元気がない,ご飯を食べる量が減った,正確な量は不明だが飲水量が多い気がする,排尿が少量頻回になった,震えて口を開けて早い呼吸をする.
一般身体検査:来院時,パンティング.体温38℃,心拍数120 回/分.体格は正常で可視粘膜に著変なし.皮膚つまみ試験で明らかな脱水なし.心音肺音に著変なし.
血液検査:生化学検査にてAlb,ALP,T-Cho,BUN,Cre の上昇を認める.K がやや低値.ACTH 刺激試験ではpre 4.5μg/dl,post 19.8μg/dl であった.
X 線検査:特記すべき所見なし.
血圧測定:
収縮期血圧 193.6
拡張期血圧 148.2
平均血圧 162.4
質問1:図1 及び図2 は本症例の腹部超音波検査画像である.超音波検査所見を述べ,他の検査結果と合わせて暫定診断名を述べよ.
質問2:確定診断のために必要な検査法を述べよ.
質問3:本症例に対する治療並びに予後を検討せよ.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
左副腎は正常な形状だが,尾端は腫大傾向.右副腎は正常部分から派生するように腫瘤上構造物を形成.血管内への明らかな浸潤は認められない.
非特異的な症状であること,高血圧が認められること,典型的な症状はなくACTH 刺激試験において副腎皮質機能亢進症を強く疑えないことから褐色細胞腫がもっとも疑われる.
質問2に対する解答と解説:
犬や猫では血中カテコラミン濃度の変動が激しく,また褐色細胞腫からも常に分泌されているわけではないと推定されるため,血中カテコラミン濃度の測定による診断は困難である.尿中のカテコラミン代謝産物であるメタネフリンあるいはノルメタネフリン:クレアチニン比の測定において,褐色細胞腫の症例で有意に高値を示すことが報告されている.しかし基準が定まっていないため,判断には注意が必要である.これらの測定を参考にするとともに画像診断を行い,腺腫や腺癌の除外を行うことで褐色細胞腫と仮診断し,治療プランを検討することとなる.
本症例においては,尿中ノルメタネフリン及びクレアチニンの濃度を測定し,尿中ノルメタネフリン:クレアチニン比を算出した(表).その結果,褐色細胞腫の可能性がきわめて高いと判断された.
質問3に対する解答と解説:
褐色細胞腫の唯一の根治療法は外科的切除である.転移や局所浸潤が激しく外科的切除が困難な場合は,高血圧に対する内科的治療が適応となる.
外科的切除の際,手術手技はもちろん,周術期管理が非常に重要となる.術前からα1 ブロッカーを用いて可能な限りカテコラミンの影響を抑制したほうが良いと思われる.頻脈や頻脈性不整脈が認められる場合にはβブロッカーの併用が推奨される.また,術中は厳密な血圧管理をする必要がある.術中に褐色細胞腫に触れることで急激な高血圧を呈し致命的になることもあるため,血圧上昇に備えてフェントラミンメシル酸塩やニトロプルシドナトリウム水和物を用いて管理を行う.頻脈の管理にはプロプラノロール塩酸塩などを用いて管理を行う.腫瘍摘出後は低血圧となる可能性がある.低血圧を生じた際はまず十分な輸液を行い,維持できない場合にはドブタミン塩酸塩やドーパミン塩酸塩を用いる.また術後低血糖になることがあるため,血糖値のモニターを行う.
予後は腫瘍の悪性度,局所浸潤の程度,遠隔転移の有無によって決まる.腫瘍の悪性度にかかわらず完全切除され,転移がなければ予後は良好であると思われる.遠隔転移や血管内浸潤が認められる場合には予後は悪く,後大静脈内浸潤がある症例では有意に予後が悪いという報告もある.
本症例は飼い主の希望もあり,まずは高血圧に対する内科的治療を目的にプラゾシン塩酸塩の投薬を開始した.0.1mg/kg TID で開始し2 週間後の再診時には血圧の低下は認められなかったものの,呼吸促拍や食欲不振といった症状は改善傾向にあった.現在は0.2mg/kg TID に増量し経過観察を行っているところである.
キーワード: 褐色細胞腫,ノルメタネフリン,高血圧,予後