獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第4号掲載)
症例:雑種犬,雄11歳8カ月齢
既往歴:特になし
主訴:2週間前より歩きにくい様子が見られホームドクターにて非ステロイド系抗炎症剤を処方されるが,改善はみられず,1週間前より腰を痛がり両後肢が麻痺し起立歩行が不可能となった.
身体検査及び神経学的検査:両後肢の姿勢反応は完全に消失していた.後肢の脊髄反射(膝蓋腱反射,前脛骨筋反射,腓腹筋反射)が低下していたが,屈曲反射と表在痛覚は認められた.
X線検査:腰仙椎ラテラル像(図1)とVD像(図2)を撮影した.
質問1:X線検査にて認められる異常所見は何か.
質問2:X線検査所見から考えられる鑑別診断は何か.
質問3:確定診断のために必要な検査は何か.
質問4:本症例に対する治療選択として何があげられるか.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
ラテラル像において,第3 腰椎の椎弓から棘突起にわたりX線透過性が亢進した領域が認められ,その境界は明瞭である(図3 左: 印).VD像においては第3腰椎の右尾側に囊胞状の構造物が認められ,薄い不透過性の壁で覆われており,壁構造はやや不整である(図3 右:矢印).
図3 X線画像の拡大像(左:ラテラル像 右:VD像)
質問2に対する解答と解説:
脊椎の局所的なX線透過性亢進所見の鑑別診断には消化管ガスの重なりによるアーチファクト,骨髄炎,椎間板脊椎炎,腫瘍,骨折,シュモール結節などがあげられる.このうち脊椎腫瘍の鑑別診断としては原発性腫瘍または転移性腫瘍があり,原発性腫瘍としては骨肉腫,線維肉腫,軟骨肉腫,血管肉腫,形質細胞腫,リンパ腫,脂肪肉腫などがあげられる.転移性腫瘍としてはさまざまな腫瘍が脊椎に転移する可能性があるが,代表的なものとして前立腺癌,肛門囊腺癌,膀胱移行上皮癌などがあげられる.また骨に囊胞性病変を形成する疾患としては骨巨細胞腫,組織球肉腫,線維性骨異形成症,骨芽細胞腫,骨肉腫,骨腫があげられる.
また骨に囊胞性病変を形成する疾患としては骨巨細胞腫,組織球肉腫,線維性骨異形成症,骨芽細胞腫,骨肉腫,骨腫があげられる.
質問3に対する解答と解説:
病変の範囲や脊髄への影響を確認するためには脊髄造影検査,CT検査,MRI検査が用いられるが確定診断を得るためには透視X線ガイド下,超音波ガイド下,またはCTガイド下生検が必要となる.
本症例は脊椎病変の精査と全身評価のためCT検査を実施したところ,脊椎から発生する明瞭な造影増強を伴う腫瘤状病変が認められ骨破壊を伴いながら脊柱管に浸潤し,脊髄を第3腰椎(L3)から第4腰椎レベル(L4)にわたって著しく圧迫していた(図4:*).脊椎の超音波検査にて表面が高エコー性,内部が低エコー性の腫瘤状病変が確認されたので(図5:*),超音波ガイド下針生検を実施したところ,細胞診では紡錘形の細胞が多数確認され,細胞や核は大小不同を示しており,核分裂像が認められた(図6).これらの所見から悪性神経腫瘍,骨肉腫,軟骨肉腫などの間葉系悪性腫瘍が疑われた.
図4 造影CT画像(左:第3 腰椎レベル横断像 右:水平断像)
質問4に対する解答と解説:
脊椎腫瘍の治療としては外科療法,放射線療法,化学療法あるいはこれらの組合せによるが,腫瘍の種類により治療反応性が異なる.外科療法は腫瘍が小さい場合には根治的治療として用いられるが,腫瘍の浸潤の範囲が広い場合には減圧または減容積を目的とした緩和的治療として用いられる.リンパ腫や形質細胞腫では化学療法が奏効する可能性がある.放射線療法は根治的,緩和的治療または外科療法,化学療法の補助としてしばしば脊椎腫瘍で適応となる.
キーワード: 犬,後肢麻痺,X線検査,脊椎腫瘍