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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第8号掲載)

症例:猫(マンチカン),2歳7カ月齢,去勢雄,混合ワクチン接種済み

既往及び投薬歴:特筆すべきものはなし

主訴:他院にて心雑音が聴取され,その精査を目的に来院.特に臨床症状はなく,一般状態は良好であった.

身体検査所見:
体 重:3.44kg(BCS:3/5)
体 温:38.8℃
心拍数:162 回/分
呼 吸数: 54回/分,左胸壁において収縮期雑音を聴取(Levine Ⅱ/Ⅵ)
ツルゴール:正常
毛細血管再充満時間:<1 秒
粘膜色:ピンク,かなりナーバスな性格

血液検査所見:

胸部X線検査:VHS:8.0v,肺血管に異常は認められない

心臓超音波検査:左室の短軸像において心筋壁の肥厚(中隔壁:6.61mm,自由壁:7.68mm,図1)が認められた.
カラードプラ法により,図2のような左室流出路及び左房におけるモザイクパターンが認められた.また,図3のような僧帽弁のMモード像が得られた.


質問1:本症例の心雑音は何により生じていると考えられるか.

質問2:疑われる疾患とそれを鑑別するために実施すべき検査は何か.


図1 右傍胸骨左室短軸断面像(乳頭筋レベル)
図2 右傍胸骨長軸断面流出路像(カラードプラ法)
図3 右傍胸骨左室短軸断面像(僧帽弁レベルのMモード像)矢印は収縮期における僧帽弁尖の異常な動きを示す.
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例の左胸壁より収縮期雑音が聴取された.心臓超音波検査の結果から,心室中隔壁厚及び左室自由壁厚の増加(質問のページ図1)に加え,僧帽弁尖の収縮期前方運動(systolic anterior motion:SAM)が認められた(質問のページ図3).SAMの原因は明確ではないが,①肥厚した心室中隔壁により狭窄した流出路を通過する血流に僧帽弁尖が引き寄せられる(Venturi効果),②心筋の肥厚性変化に伴う乳頭筋の前方変位により腱索の緊張性が低下する,③僧帽弁尖接合部分のズレにより前尖に余剰部分が発生する,などが挙げられる.

SAMにより左室流出路はさらに狭窄し,そこを通過する血流により収縮期雑音が発生する.その血流速をドプラ法により計測すると,図4のように収縮中期から後期にかけてさらに加速する波形が描出された(狭窄部最大血流速:4.31m/s).これは心周期の時相により狭窄の程度が変化することから動的左室流出路閉塞(dynamic left ventricular outflow tract obstruction:DLVOTO) と呼ばれる.加えて,本症例のように中隔壁側への僧帽弁前尖の変位により,弁尖同士の接合が不完全となり二次的な僧帽弁閉鎖不全を生じることがある(質問のページ図2).よって本症例において聴取された心雑音は,DLVOTO及び二次的な僧帽弁閉鎖不全により発生したと考えられる.

図4 左傍胸骨心尖部長軸断面(連続波ドプラ法)狭窄した左室流出路において,収縮中期から後期にかけてさらに加速する血流が検出された.

質問2に対する解答と解説:
心臓超音波検査の結果,本症例の心室中隔壁(6.61mm)及び左室自由壁(7.68mm)はいずれも肥厚していた.壁厚の明確な基準はないが,5.0mm以下を正常,6.0mm以上を壁肥厚と判断する[1].心室壁が肥厚する原因は,肥大型心筋症(hypertro-phic cardiomyopathy:HCM),心筋炎,大動脈狭窄症,心臓腫瘍(リンパ腫),全身性高血圧症,甲状腺機能亢進症,先端巨大症,薬物(ステロイドなど),脱水(偽性肥大)などさまざまである.

これらを鑑別するためには,心臓超音波検査のみならず問診,身体検査,CBC 及び血液生化学検査などから得られるデータが重要であるが,特に高齢猫の場合はそれらに加えて血圧及び甲状腺ホルモン濃度の測定を行う.またコントロールの難しい持続的な高血糖及びその関連症状,顔貌の変化などが認められ先端巨大症を疑う場合は,血中インスリン様成長因子濃度の測定やMRI 検査を行う.心囊水の貯留を伴いその検査が可能な場合,リンパ腫の推定に有用なことがあるが[2],多くは死後剖検及び組織学的検索により確定される.本症例の収縮期動脈圧は145.0mmHg と顕著な高値ではなく,血清中の総サイロキシン濃度(2.6μg/dl:参考基準値0.8~4.7μg/dl)及び遊離サイロキシン濃度(26.6pmol/l:9.0~33.5pmol/l)はいずれも基準値の範囲内であった.よって,心筋壁肥厚の原因として全身性高血圧症及び甲状腺機能亢進症は否定的であり,その他の所見及び検査結果も併せて本症例を暫定的にHCMと診断した.

HCMは猫のおよそ15%に認められ,最も罹患率の高い心筋症である[1].メインクーン[3]やラグドール[4]などHCMが好発する純血種において,心筋ミオシン結合タンパク質C(MYBPC3)をコードする遺伝子の配列に変異が認められる場合があり,それらの猫種では遺伝子検査は有効である(しかし,特定部位に遺伝子変異がなくてもHCMに罹患する可能性があることに注意する).


参考文献
  • [ 1 ] Fuentes VL, Abbott J, Chetboul V, Côté E, Fox PR, Häggström J, Kittleson MD, Schober K, Stern JA : ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats, J Vet Intern Med, 34, 1062-1077 (2020)
  • [ 2 ] Shinohara N, Macgregor JM, Calo A, Rush JE, Penninck DG, Knoll JS : Presumptive primar y cardiac lymphoma in a cat causing pericardial ef fusion, J Vet Cardiol, 7, 65-69 (2005)
  • [ 3 ] Mary J, Chetboul V, Sampedrano CC, Abitbol M, Gouni V, Trehiou-Sechi E, Tissier R, Queney G, Pouchelon JL, Thomas A : Prevalence of the MYBPC3-A31P mutation in a large European feline population and association with hypertrophic cardiomyopathy in the Maine Coon breed, J Vet Cardiol, 12, 155-161 (2010)
  • [ 4 ] Borgreat K, Stern J, Meurs KM, Fuentes VL, Connolly DJ : The influence of clinical and genetic factors on left ventricular wall thickness in Ragdoll cats, J Vet Cardiol, 17, S258-267 (2015)

キーワード: 猫,心雑音,心室壁肥厚,動的左室流出路閉塞