獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第10号掲載)
症例:犬(柴),1歳7カ月齢,雄,体重9.2kg.
病歴:5 日前にゲージに左後肢を挟まれており,これを抜こうとして鳴いていた.解放後から左後肢の挙上が認められた.鎮痛剤の使用により症状は改善傾向を認め,現在は負重が十分ではないものの四肢による歩行が可能である.1年2カ月前に脛骨近位成長板を骨折しており,クロスピンによる整復固定を実施し,完治している.その際の整形外科的検査において膝関節に異常は認められなかった.
整形外科的検査:左側では腸骨翼─大転子─座骨結節を結ぶ三角形が右側と比較して扁平に触知された.両側性に膝蓋骨内方脱臼を認めた(右:グレードⅠ,左:グレードⅡ).
血液検査:異常なし
質問1:図1は本症例の骨盤部単純X線写真である.X線所見及び診断名を述べよ.
質問2:本症例に対する治療法を検討せよ.
図1 単純X線検査所見(左側:腹背像,右側:頭側の後肢が左側)
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
単純X線検査では左側後肢において股関節の頭背側への脱臼及び膝蓋骨内方脱臼が認められる.骨折及び股関節形成不全は認められず,寛骨臼及び大腿骨頭の形状は正常である.本症例は外傷性股関節脱臼と診断される.
股関節脱臼は,発症直後に非負重性跛行を示すが時間の経過とともに患肢が使用されるようになる.脱臼形式として頭背側脱臼が最も多く,3/4以上がこの形式である.次いで腹側脱臼が多い.触診では患肢における脚長の短縮の確認や,腸骨翼及び座骨結節を結んだ線に対する大転子の位置を確認することで本疾患を推測することが可能である.本疾患の原因として股関節の異形成が関連している場合があるため,両側性に整形外科的検査を実施することは今後の治療方針の決定に重要である.患肢と反対側の触診を忘れてはならない.
質問2に対する解答と解説:
股関節脱臼は非観血的整復法及び観血的整復法により治療される.本症例は5日前に股関節脱臼を発症していることから,非観血的整復法は困難である可能性が高い.発症から時間が経過すると炎症反応,線維化及び筋肉の収縮が生じるため,48時間を超えると脱臼の整復は困難になり,4~5日後の非観血的整復法は失敗に終わることが多いとされている.非観血的整復法は麻酔下での十分な筋弛緩のもと用手にて整復する.整復後はX線検査にて整復状況を確認する.頭背側脱臼の場合はエイマー包帯法を7~10日間設置することで再脱臼率を低減させることが報告されている.腹側脱臼の際はホブル包帯が設置される場合があるが,設置しない場合でも再脱臼率は20%と比較的低い.
観血的整復法は以下の方法が挙げられる.股関節を一時的に安定化させる方法として経関節ピン法(図2),創外固定法,デビタピン法,大腿骨頭靭帯を再建する方法としてトグルピン法,関節包を再建する方法として関節包の縫合,関節外縫合糸設置法(1本法,2本法)などがある.それぞれの方法の優劣を比較する検討は困難であり,術式は術者の経験や好みにより選択されることが多い.観血的整復法を実施しても再脱臼が認められる場合や股関節異形成に起因する場合では,股関節全置換術あるいは大腿骨頭頸部切除術を考慮する.
本症例では受傷から6日後にトグルピン法,関節包の縫合,及び関節外縫合糸の設置(1本法)を組み合わせて股関節脱臼を治療した.術後の経過は良好で,術後3カ月の最終来院日まで合併症は認められなかった.
トグルピン法は人工材料による大腿骨頭靭帯の再建を目的に以下のように実施される.寛骨臼の大腿骨頭靭帯付着部に骨孔を作成する.非吸収糸を通したトグルピンを骨孔に挿入して骨盤腔側に落とし込み,固定する.大腿骨頭の大腿骨頭靭帯付着部と第三転子を繋ぐ大腿骨頭の中央を通る骨孔を,エイミング・デバイスを用いて作成する.第三転子側から骨孔を作成する方法と,大腿骨頭靭帯付着部から骨孔を作成する方法がある.寛骨臼に固定した非吸収糸を作成した骨孔に通し,第三転子側で非吸収糸をボタンに通してから緩みがないように締めて結紮する.使用するトグルピン及び非吸収糸は体格に合わせて選択されるべきである.報告にもよるが,10~25%程度の症例で再脱臼が術後合併症として認められる.
関節外縫合糸設置法は骨盤と大腿骨を非吸収糸で締結して関節包を再建する目的で実施される.本症例で用いた1本法は,寛骨臼頭側の腸骨に腹背方向に,大腿骨大転子に内外側方向にそれぞれ骨孔を作成し,非吸収糸にて8の字に締結する方法である.2本法では,寛骨臼の背側縁にアンカースクリューあるいはワッシャーを付けたスクリューを2カ所設置する.大腿骨頸部に骨孔を作成し,非吸収糸を通す.非吸収糸をそれぞれのスクリューにかけ,締結する.
本症例では,脛骨近位成長板骨折の治療期間において膝蓋骨内方脱臼は認められなかったという情報から,膝蓋骨内方脱臼は股関節脱臼により股関節─膝関節─足根関節の軸性変化が生じたことが原因であると判断して,膝蓋骨内方脱臼に対する外科的な治療は実施しなかった.図3は術後3カ月の単純X線検査所見であるが,膝蓋骨内方脱臼が整復されているのが確認できる.本症例のように,複数の整形外科的疾患が認められることは多いため,症状が明らかな部位にとらわれることなく,全身的な検査を実施して症例の状態を評価することは重要である.
参考文献
- [ 1 ] Bojrab MJ, Waldron DR, Toombs JP : Current techniques in small animal surgery, 5th edition, Tetron New Media (2014)
- [ 2 ] Trostel CT, Fox DB : Joint luxation in dogs treated with toggle rod stabilization: A multi-institu-tional retrospective review with client sur vey, J Am Anim Hosp Assoc, 56, 83-91 (2020)
- [ 3 ] Mathews ME, Barnhar t MD : Risk factors for reluxation after toggle rod stabilization for treatment of coxofemoral luxation in 128 dogs, Vet Surg, 50, 142-149 (2021)
キーワード: 犬,後肢跛行,股関節脱臼,トグルピン法