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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第2号掲載)

症例:フレンチブルドック,12歳5カ月

主訴:最近,食欲が低下しており,1カ月前から体重が1kg減少した.

一般身体検査:心拍数108回/分,心雑音なし,呼吸数30回,左後葉部での肺音が微弱.体温38℃.体表リンパ節の腫大なし.

一般血液検査:CaとCRPの軽度の上昇が観察された(表)

X線検査:ラテラル像(図1)において中葉の半分程度の領域に腫瘤を示唆する結節性の不透過性陰影が観察され,後葉では肺葉全域にわたる不透過性陰影の肺葉サインが観察された.また,VD像(図2)においては右中葉の結節性の陰影内に石灰化が観察され,左肺後葉ではエアーブロンコグラムが観察された.心陰影の拡大は観察されなかった.腹部では特記すべき所見はなかった.

針生検による細胞塗抹像(図3):右中葉の針生検によって得られた細胞をDiff-Quik染色により細胞を観察したところ,核偏在性の非上皮細胞が単一に得られ,これらの細胞は核の大小不同とN/C比のばらつき,異常なクロマチンパターンなどの異型性が観察された.また,左肺後葉の針生検においても中葉と同様な細胞が得られた.


質問1:本症例の病態を考察しなさい.

質問2:本症例の治療方針を考察しなさい.


図1 胸部X線ラテラル像
図2 胸部X線VD像
図3 肺中葉のX線不透過性陰影領域の針生検による細胞塗沫像
表 一般血液検査・生化学検査
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例では両肺葉のX線不透過性領域における細胞診の結果から非上皮系腫瘍と診断され,肺原発の非上皮系腫瘍が播種して拡大したと考えられた.CT検査時に両肺葉の組織生検の結果では,いずれの組織も組織球マーカーのMHC︲ⅡとCD204に陽性を示したため,組織球肉腫と診断された(図4).

図4 肺中葉から採取された組織のHE像

本症例のX線画像のような肺葉サインが観察された場合,鑑別診断としては,肺炎(感染性及び誤嚥性など),肺葉捻転,心原性肺水腫,肺腫瘍があげられ,さらにこれらの複合的な病態を考慮に入れる必要がある.

誤嚥性肺炎であれば,本症例の様に肺中葉の肺葉サインが観察されるが,血液検査所見として,CRPの著しい上昇や白血球の増多及び左方移動は観察されなかったため,肺炎は否定的であった.また,肺葉捻転であれば,肺葉腫大や肺葉サインの不透過性陰影の中に微小ガスを含んだ泡沫陰影が観察されるが,X線画像からはこの所見は得られなかったため,肺葉捻転も否定的であった.さらに,心原性肺水腫は肺後葉にエアーブロンコグラムが観察されることがあるが,本症例は心雑音やX線検査において心拡大の所見は観察されなかったため,心疾患も否定的であった.以上のことからも肺の腫瘍性疾患が最も可能性が高かった.実際,針生検によって異型性のある非上皮系細胞が採取されたため,本症例の病態は腫瘍による変化であった.

肺を原発とする腫瘍としては,肺腺癌,扁平上皮癌,リンパ腫,骨肉腫,軟骨肉腫,線維肉腫,血管肉腫などがあり,70〜80%は腺癌と言われている.しかしながら,組織球肉腫も腺癌に次いで高頻度に発生する腫瘍の一つである.肺腺癌やリンパ腫以外のその他の腫瘍では,X線所見としては結節性の間質パターンとして観察されることが一般的である.また,リンパ腫であれば,典型的な非構造性の間質パターンを呈する.一方,組織球肉腫のX 線所見は結節性の間質パターンとして観察されることもあるが,肺葉全体の不透過性が亢進する肺葉サインとして観察され,組織球肉腫のX線所見の特徴と考えられている[1].さらに,組織球肉腫の発生部位として,肺中葉からの発生が高く,その他の腫瘍では,いずれの肺葉にも発生すると言われている.以上のことからも本症例は肺中葉に発生した組織球肉腫が左肺後葉に播種したと考えられた.


質問2に対する解答と解説:
組織球肉腫は転移率が高く,治療に対する反応も悪く,予後は決して良くはない.この腫瘍は全身のどこでも発生する可能性があり,肝臓,脾臓,肺,リンパ節,消化管,皮下,中枢神経,骨,骨髄などさまざまな部位で発症する.

一般的に組織球肉腫は局在性組織球肉腫と播種性組織球肉腫に大別される.局在性組織球肉腫であれば,外科手術,化学療法及び放射線治療などの併用によって長期間の生存が見込め,肺原発の局所型組織球肉腫においても外科療法とCCNU による化学療法によって生存期間が558日と報告されている[2].

一方,播種性組織球肉腫は予後が悪く,特に播種性組織球肉腫に含まれる血球貪食性組織球肉腫は特に治療が難しく,血液検査上では貧血と血小板減少が観察される.本症例は血液検査において,貧血や血小板減少が観察されていなかったので,血球貪食性組織球肉腫までは移行していなかったが,CT検査において中葉領域は概ね不透過性亢進を示し,肺門リンパ節の腫大及び左肺後葉は全域の不透過性陰影が観察されたため(図5),腫瘍が広範囲に広がっている播種性組織球肉腫であった.したがって,治療法の選択肢としては化学療法の単独治療が最も妥当と考えられる.現在のところ組織球肉腫に対する化学療法における抗ガン剤の第一選択はCCNUである[3].肺原発組織球肉腫に対するCCNU単独治療での平均生存率は131日と報告されている[2].しかしながらCCNU は骨髄抑制や食欲低下など副作用があるため,食欲が低下している症例に対してCCNUの処方はさらなる食欲の低下につながる印象がある.近年,組織球肉腫に対する抗ガン剤としてトセラニブも使用されている.四肢の組織球肉腫において外科療法とトセラニブの併用により生存期間が7カ月ほど得られている[4].本症例では,QOLを低下させないようにトセラニブを2.5mg/kgで処方を開始した.トセラニブ処方後,食欲が戻り,血液検査でも当初高値を示したCRPやCa値が正常値に改善し,処方後約90日経過しているが,一般状態に変化なく,肺の腫瘍病変の拡大も認められていない.これらのことから播種性組織球肉腫に対するトセラニブはQOLの維持には有用と考えられた.


図5 胸部CT 造影画像
矢印:中葉マス
矢頭:左後葉マス
破線矢印:肺門リンパ節
参考文献
  • [ 1 ] Tsai S, Sutherland-Smith J, Burgess K, Ruthazer R, Sato A : Imaging characteristics of intrathoracic histiocytic sarcoma in dogs, Vet Radiol Ultrasoun, 53, 21-27 (2012)
  • [ 2 ] Marlowe KW, Robat CS, Clarke DM, Taylor A, Touret M, Husbands BD, Vail DM : Primary pulmonary histiocytic sarcoma in dogs: A retrospective analysis of 37 cases (2000-2015), Vet Comp Oncol, 16), 658-663 (2018)
  • [ 3 ] Skorupski KA, Clif ford CA, Paoloni MC, Lara-Garcia A, Barber L, Kent MS, LeBlanc AK,Sabhlok A, Mauldin EA, Shofer FS, Couto CG, Sørenmo KU : CCNU for the treatment of dogs with histiocytic sarcoma, J Vet Intern Med, 21, 121-126 (2007)
  • [ 4 ] Hong H, Lim S, Shin HR, Choi HJ, Lee H, Song KH, Seo KW : Metronomic chemotherapy with toceranib phosphate for a disseminated histiocytic sarcoma in a miniature schnauzer dog, J Vet Clin, 34, 441-444 (2017)

キーワード: 肺原発腫瘍,組織球肉腫,トセラニブ