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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第76巻(令和5年)第6号掲載)

症例:パグ,14 歳5 カ月齢,避妊雌

現病歴:14 日前に突然右旋回,左側に倒れるなどの症状がみられるようになった.翌日ホームドクターを受診し,ステロイドによる治療を開始した.精査を目的に本院受診となった.受診時点で症状は改善傾向を示し,旋回や転倒の頻度は減っている.

神経学的検査:
意識:清明
知性・行動:徘徊,右旋回
姿勢・歩様:左後肢運動失調
姿勢反応:

脊髄反射:四肢で特記事項認めず

脳神経検査
眼瞼反射:両眼で低下
威嚇瞬き反応:左眼で消失,右眼で低下
知覚:特記事項認めず

MRI 検査
全身麻酔下でT2 強調画像,T1 強調画像,FLAIR 画像,造影後T1 強調画像の横断像,矢状断像,背断像及びT2*強調画像の横断像を撮像した(図1 提示は一部抜粋).


質問1:本症例のMRI 検査所見を述べ,鑑別疾患をあげよ.

質問2:本症例においてCT 検査を実施した場合に予想される所見を述べよ.

質問3:本症例における治療法をあげ,推定される予後を述べよ.


図1 MR画像
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
右前頭葉においてT2 強調画像及びFLAIR 画像にて高信号,T1 強調画像にて一部高信号(図2 黒矢印)を示す腫瘤性病変(図2 白矢印)が認められる.腫瘤は造影効果を示し,T2*強調画像にて無信号(シグナルボイド)領域を認める(図2*).腫瘤周囲には浮腫領域を認め,軽度のmidline shift を認める.

T2*強調画像はT2 強調画像と比較して慢性期出血,空気,石灰化,flow void などの低信号が強調されることで無信号(シグナルボイド)として描出される撮像法である.腫瘤性病変を形成していることとあわせて脳内出血(血腫),腫瘍内出血,石灰化を伴う腫瘍などが鑑別疾患にあげられる.本症例は急性発症であること,改善傾向を示していることから脳内出血が最も疑われる.石灰化を伴う腫瘍としては髄膜腫があげられる.腫瘍内出血に関しては,どのような腫瘍でも出血を伴う可能性はあるが,神経膠腫(グリオーマ),血管腫などは比較的遭遇する機会が多いとされている.


図2 MR画像

質問2に対する解答と解説:
T2*強調画像で無信号を呈する病変において空気はCT 検査において低吸収,flow void は血管と同程度のCT 値であり,脳実質とCT 値に差は認められない.本症例で疑われる慢性期出血及び石灰化はいずれもCT 検査において高吸収の腫瘤性病変を形成することが予測される.実際,本症例におけるCT 検査では図3 のように高吸収の腫瘤性病変を示し,単純CT検査においても検出可能な病変であった.


質問3に対する解答と解説:
脳内出血の積極的な治療法としては,外科手術による摘出があげられるが,小動物領域ではあまり適応されることはない.理由としては侵襲性が高いこと,確定診断に至るまで時間がかかり,それまでの期間に改善傾向を示すことが多いこと,日常生活に支障をきたすような重篤な後遺症が残ることが少ないことなどがあげられる.したがって,内科療法で改善がみられる場合は対症療法が適応となる.脳浮腫を軽減させるプレドニゾロン,てんかん発作が認められる場合は抗てんかん発作薬を使用されることが多い.マンニトールなどの脳圧降下薬は出血性疾患の場合は推奨されないので注意が必要である.

腫瘍性疾患の場合は脳外科手術,放射線治療があげられる.髄膜腫などの場合は外科手術による完全摘出が達成できれば根治療法となり得る.神経膠腫などの髄内腫瘍の場合は完全摘出は困難であることから,放射線治療との併用が推奨される.また手術を適応できない場合は放射線治療が適応となる.これらの治療法での生存期間中央値はいずれも1 年程度との報告が多い.対症療法の場合は,腫瘍の種類や悪性度にもよるが生存期間の中央値は2 カ月程度とされている.

本症例では,診断時点で臨床症状に改善傾向が認められていたため,プレドニゾロンを漸減しながら継続したのみで経過観察とした.1 カ月後には症状はほぼ消失し,再MRI 検査にて腫瘤の縮小が認められた(図4 矢印).頭蓋内腫瘤性病変は外科手術または剖検を実施しない限り確定診断がつかないことが多いが,本症例のような血管性疾患では時間の経過とあわせて評価することが重要である.

図3 CT 画像
図4 1 カ月後のMR画像

キーワード:脳内出血,MRI,T2*強調画像