獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第76巻(令和5年)第10号掲載)
症例:ボーダー・コリー,1 歳齢,未去勢オス
主訴:1 カ月前より続く食欲低下と嘔吐,高アンモニア血症(236 μg/dl), 総胆汁酸の高値(食前 101.4μmol/l と食後 74.8 μmol/l)
一般身体検査所見:体重12.3 kg,体温 38.7℃,心拍数108/min,呼吸数 40/min
身体検査:BCS 2 と軽度の削痩を認める.しかし,多飲多尿や腹部膨満,黄疸などは認められない.
腹部X 線検査:特筆すべき異常は認められない.
腹部超音波検査(図1,2,3):極少量の腹水貯留を認め,肝実質は門脈壁が目立ち肝実質はびまん性に軽度の低エコー源性を認めた.PV/Ao は,0.54 と低下していた.
血液検査:
質問1:血液検査及び腹部超音波検査より疑われる病態はなにか.
質問2:必要な検査及び予測される病理診断名はなにか.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
本症例の血液検査では,ALT,AST,ALP,GGTが軒並み上昇し,肝障害が示唆される.さらに,Alb,BUN,Tcho の減少,PT,APTT の延長,そしてホームドクターでのTBA の上昇から肝機能の低下も推測される.さらに注目すべきが,微量腹水の存在と軽度の再生性貧血である.まず腹水であるが,超音波検査はX 線検査より腹水の検出感度が高いことが知られ,一般的に2ml/kg を超えると検出できるとされているが,これにはもちろん超音波診断装置の性能の差も関連する可能性がある.本症例のように肝機能低下所見に加え,低アルブミン血症が腹水の出る程度でなければ,門脈圧亢進症及び後天性門脈体循環シャント(Aquired portosystemiccollaterals:APSCs)を第一鑑別とすべきである.もちろん採取可能な量の腹水量があれば腹水を採取して検査すべきである(門脈圧亢進症による腹水では通常漏出液である)が,本症例では極少量のため採取できなかった.門脈圧亢進症の確定には観血的な門脈圧測定が必要であるが,麻酔や侵襲的な処置が必要となり,ルーチンに行うことは現実的ではない.そこで,超音波検査でどこまで門脈圧亢進症あるいはAPSCs を疑う所見が得られるかが重要なポイントとなり,その一つの所見が腹水の存在である.30 週未満の若齢犬のCPSS(n=62)とAPSCs(n=31)を集めた過去の研究においても,総胆汁酸上昇に加え腹水の所見はAPSCs 診断の強力な予測因子と報告されている[1].本症例では微量ではあるが腹水が認められたため,門脈本幹を描出すると脾静脈及び前腸間膜静脈への逆流が認められた(図4).また脾静脈から蛇行しつつ左性腺静脈に接続する遠肝性の血管(図5)が認められた.
もう一つが再生性の貧血である.門脈圧亢進症が疑われた場合には,消化管出血の可能性を考えておく必要がある.典型例では消化管出血によりBUNの上昇を認めるが,肝不全のある症例では肝機能低下に伴うBUN 低下が合併し判断に苦慮する場合も少なくない.本症例では間欠的にメレナを示唆する稟告が聴取された.
以上の結果から,本症例は門脈圧亢進症及びそれに伴うAPSCs と消化管出血と判断した.
質問2に対する解答と解説:
肝機能低下及び門脈圧亢進症を示唆する所見が認められたことより,原発性のびまん性肝疾患を疑い肝生検が次のステップとして推奨される検査である.さらに本症例はまだ若齢であるが,すでに肝機能低下や門脈圧亢進症を示唆する所見が認められることより,先天性疾患である原発性門脈低形成やDuctal Plate Malformation,幼齢あるいは若齢で発症する小葉細分型肝炎が病理診断名として疑われる.さらにこの段階でもう少し突き詰めるとすると,本症例では門脈圧亢進症が疑われているにもかかわらずPV/Ao の低下が認められている点が注目に値する.近年の研究[2]において,肝硬変による門脈圧亢進症の犬では門脈系が拡大することが報告され,これは門脈圧が上昇することでPV が拡大するため理論的に理解しやすい.しかし,この研究では,APSCs を伴う(門脈圧亢進症の可能性が高い)原発性門脈低形成のPV/Ao は健常犬より有意に低いことが報告されている.門脈圧亢進症が疑われるからといって必ずしもPV/Ao は上昇せず,特に原発性門脈低形成が基礎疾患として発生した門脈圧亢進症では反対にPV/Ao が低い可能性がある.本症例でも門脈圧亢進症が存在しながら,低いPV/Ao であることから,第一鑑別は原発性門脈低形成と判断できるかもしれない.
そして本症例は肝生検を実施したところ,原発性門脈低形成(WSAVA Fibrosis Stage F3:重度の肝線維化,Necroinflammatory Grade A0:炎症なし)と診断された.その後,遠方のためホームドクターで内科治療が実施されたが診断後2 カ月で死亡した.
原発性門脈低形成はMicroscopic な肝臓実質内の門脈(あるいは小葉間静脈)の低形成あるいは欠損及び門脈路における小動脈の増加を特徴とし,病理組織から診断される疾患である.この疾患の臨床的及び組織学的な重症度は,幅広いバリエーションを示す.たとえば門脈高血圧を伴わない原発性門脈低形成の予後は良好とされており,無症状のまま経過する症例を多く経験する.一方で,門脈高血圧を伴う原発性門脈低形成の予後に関しては注意が必要である.臨床症状は1 カ月から4 歳の間に明らかになることが多く,これは側副路血管の発達に伴う門脈高血圧及び二次的な肝萎縮に起因するものと考えられている.一方で,興味深いことに原発性門脈低形成は一般的に炎症を伴う疾患ではない.それにもかかわらず,本症例のように中程度から重度の線維化を伴うことがあり,この線維化がさらに門脈圧の亢進に寄与している可能性がある.筆者は,原発性門脈低形成に随伴する重度の肝線維化は,ductalplate malformation のうちの先天性肝線維症が合併しているのではないかと推測しているが,未だ十分な解明はされておらず,あくまで推測の域を出ない.今後の研究が期待される.
参考文献
- [ 1 ] Adam FH, German AJ, McConnell JF, Trehy MR,Whitley N, Collings A, Watson PJ, Burrow RD :Clinical and clinicopathologic abnormalities inyoung dogs with acquired and congenital portosystemicshunts: 93 cases (2003-2008), J Am VetMed Assoc, 241, 760-765 (2012)
- [ 2 ] Sakamoto Y, Sakai M, Watari T : Por tal vein/aorta ratio in dogs with acquired portosystemiccollaterals, J Vet Intern Med, 31, 1382-1387(2017)
キーワード:肝生検,原発性門脈低形成,後天性門脈体循環シャント,門脈圧亢進症