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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第76巻(令和5年)第1号掲載)

症例:豚,バークシャー種,雌,180 日齢

農場の飼養状況:当該農場は外部農場から豚を導入し3 ~ 4 カ月間肥育して出荷する肥育農場である.飼養場所はコンクリート製の開放豚舎であるが,悪天候時を除き隣接する屋外放牧場にて数時間放牧させている.この間に豚舎内は水洗されるため,豚舎の床面は比較的清潔に維持されている.なお発生時,飼料は市販配合飼料の制限給餌であった.

発生状況:導入の約1 カ月後に同居豚10 頭中1 頭で粘液と血液を含む淡赤褐色泥状~水様の便を呈した.発症豚は活力・食欲ともに顕著な低下は見られないものの,同日・同月齢で導入された同居豚と比べやや削痩しており,下痢便の懸濁標本を鏡検するとヘビ様で活発に運動する物体を確認した.疾患A(質問1)を疑いリンコマイシンを3 日間投与したところ症状は改善したが,同居豚の一部で軽度の粘血便と下痢が続発した.

質問 1:疾患A として考えられたのは何か.また鑑別すべき疾患にはどんなものがあるか.

質問 2:確定診断のためにどのような検査を行うべきか.

解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
発症豚の症状及び同居の豚で同様の症状が続発したという状況から出血を伴う感染性下痢症が疑われる.加えて,下痢便中にヘビ様で運動性の物体(菌体,図参照)を確認していること,リンコマイシンによる治療に反応が見られること等から,疾患AはBrachyspria 属菌による出血性腸炎と考えられた.豚への病原性が報告されているものとしてはB.hyodysenteriae による豚赤痢やB. pilosicoli による豚結腸スピロヘータ症が代表的である.

豚赤痢はBrachyspira hyodysenteriae により引き起こされ,肥育豚群に好発する疾病で,届出伝染病に指定されている.主症状は粘血便の排泄であるが,不顕性に感染している場合も多く,ストレスや他の病原体との混合感染等により顕在化すると考えられている.このような豚は保菌豚となり長期間菌を排泄するため本病清浄化の障壁となる.豚結腸スピロヘータ症は一般に豚赤痢ほど重症化することは少ないものの,豚赤痢と同様に飼料効率低下や発育遅延をもたらすことから,経済的損失の大きい疾病である.さらに近年北米やヨーロッパにおいてB.humpsonii,B. suanatina に関連する豚赤痢様疾病も報告されている.

肥育期の豚において赤痢便の排泄をみる疾患の代表的なものとしては,他に増殖性腸炎,豚鞭虫症,サルモネラ症等があげられる.また近年Entamoeba属原虫の関与が疑われる出血性大腸炎の症例も報告されている.これらの疾患は必ずしも典型的な症状を呈さない場合もあるばかりでなく,野外例では混合感染等により症状が多様化・複雑化しており,主要因の特定が困難な場合も多いが,疾病防除の観点から,鑑別診断が重要と考えられる.

類似疾病の診断法を以下に概説する.

増殖性腸炎:人工寒天培地での原因菌の分離・培養はできないためnested PCR により原因菌であるLawsonia intracellularis の遺伝子を検出する.ただし確定診断には病理組織検査及びワルチン・スターリー法あるいは免疫組織化学的染色による原因菌の検出が必要である.

豚鞭虫症:糞便あるいは環境試料を用い浮遊法等で鞭虫卵を検出する.急性豚鞭虫症の場合,糞便からの虫卵の検出率は高くないため,判断には注意が必要である.

サルモネラ症:糞便からDHL 寒天培地等の選択培地を用いて原因菌を分離する.必要に応じて増菌培地を利用する.分離菌は診断用血清を用いた型別(O 群,H 抗原),生化学的性状及びPCR 等を用いて同定する.

アメーバ症:糞便もしくは組織内の虫体を鏡検により確認する.種の同定にはSSU rRNA 遺伝子のPCR 及びシークエンス解析等の分子生物学的検査手法が利用されている.


図 Brachyspira hyodysenteriae の位相差顕微鏡像
(参考文献[4]より引用)

質問 2 に対する解答と解説:
Brachyspira 属菌の場合,確定診断には腸内容からの原因菌の検出が必要である.分離培養には抗菌薬を添加した血液寒天培地を用いる.抗菌薬としてはスペクチノマイシン(400μg/ml),コリスチン(25μg/ml),バンコマイシン(25μg/ml)が利用され,複数の抗菌薬に加えて豚糞便抽出液を添加したもの(BJ 培地)も利用される.材料を培地に接種し37~42℃で3 ~ 5 日間嫌気培養を行う.分離菌の鑑別にはβ溶血斑や生化学的性状の確認,PCRが用いられる(表).



参考文献:

  • [ 1 ] Burrough ER : Swine Dysentery, Vet Pathol, 54,22-31 (2017)
  • [ 2 ] Matsubayashi M, Suzuta F, Terayama Y, ShimojoK, Yui T, Haritani M, Shibahara T : Ultrastructuralcharacteristics and molecular identification ofEntamoeba suis isolated from pigs with hemorrhagiccolitis: implications for pathogenicity,Parasitol Res, 113, 3023-3028 (2014)
  • [ 3 ] Matsubayashi M, Kanamori K, Sadahiro M,Tokoro M, Abe N, Haritani M, Shibahara T :First molecular identification of Entamoebapolecki in a piglet in Japan and implications foraggravation of ileitis by coinfection with Lawsoniaintracellularis, Parasitol Res, 114, 3069-3073(2015)
  • [ 4 ] Hampson DJ, Burrough ER : Swine Dysenter yand Brachyspiral Colitis, Diseases of swine,Zimmerman JJ et al eds, 11th ed, 951-970, WileyBlackwell, NJ, U.S.A. (2019)

キーワード:豚,肥育,赤痢.