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獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編

獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第70巻(平成29年)第11号掲載)

ペットの多様化に伴い,近年ではエキゾチックアニマルを飼育する愛好家が増えつつある.エキゾチックアニマルは家畜化されていない動物であり,いわば“野生動物”に置き換えることもできる.これらの動物を診療する獣医師は,野生動物を感染源とする人獣共通感染症の発生にも注意する必要がある.今回は,野生のげっ歯類がかかわる代表的な人獣共通感染症についておさらいする.


質問 1:ペストに関する記述として正しいものを 1 つ選びなさい.

  • a.日本や米国では,ペストの発生はない.
  • b.原因菌は,シラミの吸血によって伝播される.
  • c.人の症状として,感染末期には,皮膚が黒色になる.
  • d.有効な治療薬はない.

質問 2:レプトスピラ症に関する記述として正しいものを 1 つ選びなさい.

  • a.低温で乾燥した地域で頻繁に発生する.
  • b.原因菌は,感染動物の糞便中に長期間排出される.
  • c.原因菌は,グラム陽性の大桿菌の形態を呈する.
  • d.人の症状として,腎障害や黄疸がみられる.
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
a.×
ペスト菌(Yersinia pestis)の常在地に生息している野生のげっ歯類が病原巣となっている.ペストは古くから知られている人獣共通感染症で,14 世紀の欧州では大規模な流行があり,欧州人口の約 3 分の 1 が本症によって死亡したとされている.現在でも,アフリカ,インド,中国をはじめ,北米や南米において,ペスト患者の発生報告がある.米国では,西部地域を中心にペストの発生がみられ,2015 年には 16 例のペスト患者が報告されている.一方,わが国では,1926 年のペスト患者が最後の報告例となっている.エキゾチックアニマルの中でも,プレーリードッグはペスト菌に対して感受性が高いことが分かっており,1998 年に米国テキサス州では輸出準備中のプレーリードッグが,施設内でペストによって大量死している.2003 年 3 月から,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づいて,プレーリードッグの輸入は禁止されているので,現在国内で飼育されているプレーリードッグがペストの感染源となる可能性はほぼないと考えられる.

b.×
ペスト菌は,ノミ(特にケオプスネズミノミ)の吸血を介して野生げっ歯類間を伝播し,維持されている.人もペスト菌を保有したノミに吸血されることで感染する(腺ペスト).ペスト菌が肺に侵入し発症した患者(肺ペスト)では,増殖した菌がエアロゾルや喀痰を介して,人から人へ伝播する.

c.○
敗血症を起こしたペスト患者では,感染末期に皮膚や組織に出血や壊死が起こるため,皮内出血を原因とした皮膚の黒色化がみられる.ペストが流行した中世の欧州では,上述の特徴的な症状と死亡率の高さから,ペストは「黒死病:Blackdeath」と呼ばれていた.

d.×
ペストは,その病原性の高さから不治の病と思われがちであるが,感染早期であれば抗菌薬の投与が治療に有効である.ストレプトマイシン,テトラサイクリン,クロラムフェニコール,ニューキノロン系などの薬剤の使用が推奨されている.予防の基本は,ペスト流行地における野生動物との不用意な接触とノミによる寄生を避けることである.


質問 2 に対する解答と解説:
a.×
レプトスピラ症は世界的に発生のみられる人獣共通感染症で,最新の報告によると,年間約 100 万人の患者が発生していると推計されている.特に,高温多湿な中南米や東南アジア諸国では,大雨による洪水後にレプトスピラ症の流行がみられている.日本では,レプトスピラ症は古来より秋疫や用水病などの名称で呼ばれており,1960 年以前には年間 200 名以上の死者が発生していた.近年の国内における患者数は約 25~ 40 名と減少している.

b.×
レプトスピラ菌は鳥や蛇,カエルなど多くの動物から分離されるが,特に野生のげっ歯類が病原巣として重要である.げっ歯類は,腎臓内に長期間にわたってレプトスピラ菌を保有し,尿とともに本菌を排出する.環境中に排出された菌は,淡水や湿った土壌中で生存できることから,汚染土壌や水は感染源として注意する必要がある.

c.×
レプトスピラ菌はグラム陰性で,細長いらせん状(直径 0.1µm,長さ 6~ 20µm)の形態である.菌体の両端は S 字状に湾曲しており,運動性を有している.

d.○
レプトスピラ症の患者の多くは,感染後 3~ 14日の潜伏期を経て,突発的に発症する.突然の悪寒と高熱,頭痛,全身の倦怠感,結膜の充血などが特徴的である.一旦,解熱傾向を示すが,激しい黄疸,歯茎の出血,眼球結膜からの出血,血尿などもみられ,重症化した場合,意識障害や激しい貧血も起こる.


キーワード:エキゾチックアニマル,野生げっ歯類, ペスト,レプトスピラ症