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獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編

獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第11号掲載)

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)で 3 類感染症と規定されている疾患には,コレラ,細菌性赤痢,腸管出血性大腸菌(Shigatoxin-producing Escherichia coli:STEC)感染症,腸チフス及びパラチフスがある. STEC 感染症以外は,いずれもかつて伝染病予防法(1897 年施行)で規定されていた疾患でもあるが,1999 年に施行された感染症法にその内容が引き継がれ,現在に至っている. このうち,STEC 感染症と細菌性赤痢は人獣共通感染症であり,両感染症を診断した医師及び細菌性赤痢に罹患したサルを診断した獣医師は届出が義務付けられている. 今回は,細菌性赤痢と STEC 感染症について取り上げることとした.


質問 1:次の細菌性赤痢に関する記述のうち,正しいのはどれか.

  • a.サルを含む野生動物が自然宿主である.
  • b.わが国の患者数は年間 1,000 人程度でほとんどが輸入症例である.
  • c.赤痢菌属は腸内細菌科に属し,鞭毛を持ち運動性がある.
  • d.Shigella dysenteriae 血清亜型 1 は志賀毒素を産生する.
  • e.赤痢菌属は 5 種の血清型に分類される

質問 2:次の STEC 感染症に関する記述のうち,正しいのはどれか(複数回答可).

  • a.わが国の年間感染者のおよそ 4 分の 1 は無症状保菌者である.
  • b.人での潜伏期は通常数時間である.
  • c.重症化すると溶血性尿毒症症候群を発症することがある.
  • d.わが国では年間約3,000~4,500人の感染者がある.
  • e.牛では出血性大腸炎を惹起する.
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
正解:d
WHO の推計では,細菌性赤痢(Shigellosis)による感染者数は,全世界で毎年 8 千万人,そのうち99.9%が開発途上国の症例で 70%程度が 5 歳以下の子どもであり,公衆衛生上も依然として重要な疾病の一つである.わが国における細菌性赤痢を含めた三類感染症の近年の発生件数は表に示す通りであり,2000 年に 800 人を超えていた細菌性赤痢の患者は近年 200 人に及ばないが,時折,施設等での発生があり患者数が増加することがある.

衛生状態の悪い地域では糞口感染や水系を介しての人から人への伝搬が主要な感染経路であるが,先進国においては,食品に起因するものが重要であると考えられる.また,人獣共通感染症として,人以外の霊長類(類人猿,旧世界ザル,新世界ザル等)における感染が存在することも 20 世紀の初頭から知られており,実験動物施設,動物保護区や動物園における霊長類の感染とともにこれらの霊長類から人への感染が報告されており,ペットの猿からの感染事例もある.原因病原体である赤痢菌は,腸内細菌科菌群に属する通性嫌気性菌であり鞭毛を持たず運動性がない.赤痢菌は分類学的には大腸菌の一種であるが,発見までの経緯や医学的な重要性から独立した菌属となっており,Shigella dysenteriae,S.flexneri,S. boydii,S. sonnei の 4 菌種からなる.人が赤痢菌に感染した場合,まったく自覚症状のないものから軽度の下痢,重度の赤痢まで広範囲にわたる臨床像が知られている.S. dysenteriae,S.flexneri では典型的な症状を示すことが多く,S.sonnei では概して軽症である.特に S. dysenteriae血清亜型 1 の感染では,本菌が志賀毒素を産生するため,STEC 感染症同様,溶血性尿毒症症候群(Hemolytic Uremic Syndrome:HUS)の発症も危惧され,十分な注意が必要である.感染経路は経口感染であり,少数の菌で感染が成立するために二次感染もしばしば発生する.特に,保育園等の衛生管理が難しい施設では人 - 人による二次感染の報告が多い.赤痢の感染は基本的に糞口感染であるので十分な手洗いを励行するとともに清潔な衛生環境を維持することで,ある程度の予防が可能と考えられる.人及びその他の霊長類でも不顕性感染があるので,実験動物施設,動物保護区等の人と動物の接触が濃厚である場所では赤痢の発生に十分な注意が必要である.

表 三類感染症報告数の推移

質問 2 に対する解答と解説:
正解:c,d
STEC 感染症は志賀毒素(Shiga toxin:stx)を産生する大腸菌によって引き起こされる感染症である. 大腸菌は,O 抗原(リポ多糖)と H 抗原(べん毛)の組合わせで血清型が定義され,わが国での人からの STEC の分離頻度は O157 が約 60%,O26が約 20%,O111,O145,O103,O121 などが 1~5%程度であり,これらの O 群に属する STEC の分離数が全体の 9 割以上を占めている. 動物では,反芻獣,特に牛が主な保菌動物であるが通常無症状である. しかしながら,解体時の牛肉や内臓の汚染,糞便による土壌や水の汚染,さらにこれらを介した野菜や果物の汚染などにより,実にさまざまな食材が STEC 感染症の感染源となっている. STEC は100 個程度の少数菌での感染が成立するために,調理過程での交差汚染を原因とする食中毒が発生するばかりでなく,人から人への二次感染,動物からの感染等を含め,感染症起因菌としても重要である. 平均 3~5 日の潜伏期があるため,感染源を特定することが困難な場合が多い. 感染症発生動向調査では年間約 3,000~4,500 人の報告数があるが,そのうちの約 3 分の 1 は無症状保菌者となっている. STEC 感染症における症状はさまざまであり,無症状の場合から下痢のみで終わるもの,血便を伴い重篤な合併症である HUS や脳症を併発するものまである. HUS は,主にベロ毒素によって惹起される血栓性微小血管障害で,STEC 感染に続いて発生することが多く,STEC O157:H7 に感染した 10 歳以下の子どもでは約 15%が発症する危険性があるといわれている. STEC による種々の臓器障害の主因は stx である. stx には,stx1(S. dysenteriae 血清亜型 1 が産生する stx と同一)と,それとは抗原性の異なる stx2 の 2 種類があり,stx1 よりは stx2 の細胞毒性が強い.

キーワード:細菌性赤痢、腸管出血性大腸菌感染症、stx、HUS、三類感染症