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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第2号掲載)

症例:猫,雑種,避妊雌,9 カ月齢

既往歴:なし(1 カ月前まではまったく問題なしとのこと)

主訴:吐出

現病歴:3 週間前に他院にて避妊手術を実施.術後翌日より吐きが認められるようになり,飲水は可能で食欲もあるが,食べると吐く状態が続き,メトクロプラミド,ファモチジン投与にもまったく反応しないとのことで,精査のため当院に来院.

初診時身体検査所見:体重2.4kg,BCS 2/5, 体温38.3℃,心拍数100 回/ 分,呼吸数30 回/ 分.視診,触診,聴診では明らかな異常は確認できない.口腔内も観察したが異常はみられない.

血液検査所見:明らかな異常は確認できない(表)

胸部X 線造影像:単純X 線検査では食道の異常は明瞭ではなかったので,ガストログラフィンを用いて食道の造影X 線検査を行った.造影剤投与後1 分後に撮影を行ったところ,心基底部より頭側の食道が拡張して造影剤が貯留している像が確認された(図1).胃内にも一部造影剤は流入していた.症例はその後造影剤を吐出した.


質問1:一般的にこのような食道造影像から疑われる疾患を挙げ,本症例における可能性について論じなさい.

質問2:本症例ではガストログラフィンを用いて食道造影を行っているが,もし明瞭な異常が確認できなかった場合に,どのように造影法を変えることが望ましいか?


上部内視鏡検査所見:麻酔下で上部内視鏡検査を実施したところ,頸部食道では明らかな異常はみられなかったが,胸部食道に入ったところで重度の狭窄部(直径2mm程度)が認められた(図2).狭窄部周囲はあまり重度の炎症像は確認できなかったが,炎症後の瘢痕形成と判断して,バルーン拡張術を実施した(図3A,B).拡張後症例はペースト状の食物摂取が可能となり,自宅にて給餌を続けてもらったが,処置後10 日を過ぎた頃から再び吐出がみられるようになり来院.内視鏡検査にて再狭窄を確認し,再度バルーン拡張術を実施した.その後は再発なく経過している.


質問3:食道狭窄(瘢痕形成)に対するバルーン拡張術を実施する際のインフォームドコンセントとして重要なポイントをあげなさい.

質問4:本症例の食道狭窄(瘢痕形成)の原因として最も可能性が高いものはなにか?また医原性の猫の食道炎の原因として一般的に注意すべき薬剤とその予防法について述べなさい.


表 初診時血液検査所見
図1 症例のガストログラフィン投与(1 分)後の胸部X線像(ラテラル像)
心基底部よりやや前方に狭窄部があり,その吻側で食道が拡張し造影剤が停留している.一部は胃内に流入していることから完全閉塞ではないことがわかる.
図2 症例の食道の内視鏡像
胸部食道(心基底部付近)にて,食道が狭窄して,わずか2mmほどの穴(矢印)が確認できるほどになっている.狭窄部周囲は重度の炎症は認められない.
図3 食道狭窄部のバルーン拡張術
内視鏡下で6mmのバルーンダイレーターを挿入し,水を用いてバルーンを膨らませて狭窄部を拡張した(A).拡張後は軽度に出血したが,裂孔などはみられなかった(B).本症例は2 回のバルーン拡張術で,その後再狭窄はみられなかった.
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
心基底部付近で食道狭窄が認められるが,鑑別すべき疾患として,(食道炎後の)瘢痕形成のほか,右大動脈弓遺残などの血管輪異常,食道内異物,食道腫瘍などが挙げられる.血管輪異常については,造影での狭窄部がやや頭側よりであることや,離乳期から症状が顕著になるなどの病歴がないことから,また腫瘍については年齢的にも,可能性が低いと考えられる.異物については完全否定できないが,猫では線状異物以外の異物は頻度が少ないことから,否定的である.したがって食道炎後の瘢痕形成の可能性が本症例では高いと考えられる.


質問2に対する解答と解説:
本症例では吐出が顕著であり,誤嚥の危険性もある程度考慮してガストログラフィンを使用し,幸いに狭窄部位が造影X 線検査で明らかとなった.しかしガストログラフィンのように粘稠度が低いと狭窄部位を見逃す可能性があり,粘稠度の高い硫酸バリウムや造影剤を固形物(ペースト状あるいはドライフード)に混ぜて食べさせることで,狭窄部位を明瞭化できる可能性がある.


質問3に対する解答と解説:
瘢痕形成による食道狭窄では,内科的治療は奏功しないため,狭窄部の物理的な拡張が必要となる.一般的に内視鏡下でのバルーン拡張術が行われるが,インフォームドコンセントとしては,食道裂孔などの危険性があること,1 回で拡張が終わることはまれで,複数回以上の拡張術が必要となることが多く費用がかかること,吐出を繰り返す場合には誤嚥性肺炎による突然死の危険性があること,などを事前に説明しておく必要がある.最初の拡張術の際にできるだけ太い食道チューブを設置することで,再狭窄の抑制と栄養給与の確保を行うようにすることもできる.


質問4に対する解答と解説:
本症例では避妊手術後数日たってから吐出がみられるようになっており,原因として麻酔中の胃液の逆流に伴う食道炎が最も可能性が高い.麻酔後の食道炎は犬猫問わず獣医領域では非常に多いといわれているので注意が必要である.また猫では特にドキシサイクリン,テトラサイクリンなどの刺激性のある抗菌薬投与によって医原性に食道炎が起きる頻度が犬よりも多いといわれており,獣医師として厳重な注意が必要である.猫は通常の食物の飲み込みにはまったく問題ないが,錠剤,カプセルの胃までの到達時間が時として非常に遅いこと(飲水・飲食させない場合に錠剤,カプセルが食道に引っかかりやすい)が原因と考えられている.上記薬剤だけでなく猫に錠剤・カプセルを処方した場合には,必ず水や食事を与えることを飼い主に指示しなくてはならない.


キーワード: 猫,麻酔後食道炎,食道狭窄,瘢痕形成,バルーン拡張術