女性獣医師応援ポータルサイト

文字サイズ

  • 標準
  • 拡大

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第73巻(令和2年)第10号掲載)

症例:猫(アメリカン・カール),3 歳齢,去勢雄

主訴・病歴:1 週間前からの急性の食欲廃絶及び嘔吐.制吐剤などの対症療法に治療反応は認められなかった.3 日前に他院にてバリウムによる消化管造影検査が行われたが,ほとんどは嘔吐により排出された.

身体検査:重度の削痩(BCS 1/5)と脱水を認めた.

胸部・腹部X 線検査:腹部左ラテラル像(図1),DV 像(図2),胸部右ラテラル像(図3).


質問1:腹部X 線画像所見から考えられる食欲廃絶及び嘔吐の原因は何か.

質問2:胸部X 線画像の異常所見及びその原因について考察せよ


図1 腹部左ラテラル像
図2 腹部DV 像
図3 胸部右ラテラル像
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
過去に消化管造影検査が行われていたため,胃は二重造影のように内腔がバリウムで縁取られており,内容物とガスを伴って重度に拡張していることがわかる.次に,DV 像において右側の体壁に沿ってガスで拡張した消化管を認め,後腹部正中にも同様の陰影がみられる.猫の小腸径の基準値は12mm以下であり,この消化管が小腸であれば異常に拡張していると判断される.ここで,結腸内には量は少ないものの明瞭に糞塊の陰影が確認できる(図4 矢頭)ことから,上記のガスで拡張した消化管は小腸である可能性が極めて高い.さらに,この陰影以外に拡張していない,つまり正常径の小腸の陰影もはっきりと確認できる(図4: 印).小腸において異常に拡張した領域と正常径の領域が両方認められるという所見は,腸閉塞を強く疑う所見である.では腸閉塞の原因は何か.腫瘍や異物が考えられるが,本症例ではラテラル像において後腹部の拡張した小腸の尾側縁にバリウムと同等の濃度の構造物の陰影が確認でき,これはバリウムが染み込んだ異物の決定的な所見となる(図4:矢印).したがって,本症例における食欲廃絶及び嘔吐の原因は,小腸内異物による腸閉塞とX 線画像から極めて強く疑うことができる.

図4 腹部左ラテラル像(拡大図)

質問2に対する解答と解説:
心陰影は胸骨から離れているが,心臓と胸骨の間に肺血管影を認め,肺葉の辺縁の陰影が見られないことから,気胸を疑う所見はない(図5).心陰影の周囲はやや透過性が亢進して(黒くなって)おり,前大静脈の辺縁が明瞭に確認でき(図5:矢頭),食道の辺縁も通常よりも明瞭(図5:矢印)であることから,縦隔気腫が疑われる.さらに心臓の背側に注目すると,通常よりも線状の陰影が多いことに気づく.下行大動脈の陰影も通常よりも明瞭に確認でき,その背側に並走する細い線状の陰影(図5:黒矢頭),さらにその背側にそれよりもやや太い線状の陰影を確認できる(図5:黒矢印).これらはそれぞれ胸管,奇静脈の陰影であり,これも縦隔気腫の所見である.通常ではこれらの縦隔内構造物は互いに密接して存在しており,各々の辺縁をX 線で確認することはできない.しかし,縦隔気腫では各々の構造間に空気が存在することによってコントラストが明瞭となり,X 線で検出されるようになる.

また,心陰影に重なるように不透過性の亢進した(白くなった)領域を認める(図5: 印).VD 像あるいはDV 像と合わせて評価する必要があるが,左前葉後部の腹側に位置することから,嘔吐に伴う誤嚥性肺炎が強く疑われる.

図5 胸部右ラテラル像(拡大図)

縦隔気腫の原因としては,頸部の皮下気腫や気管,食道の穿孔も挙げられるが,一般的には何らかの誘引による肺胞内圧の上昇に伴う肺胞の破綻が考えられる.肺胞から間質に漏れた空気は肺血管鞘に沿って肺門部に達し,縦隔気腫を発症する.この発症機序はMacklin ef fect と呼ばれている[1].肺胞内圧上昇の原因として医学領域では外傷,スポーツ,咳嗽,嘔吐などが知られており,猫の特発性縦隔気腫の症例においても嘔吐が誘引と考えられる症例が多いことが報告されている[2].本症例は全身状態が悪く,検査によるストレスを考慮して異物の確認も兼ねて無麻酔でのCT 検査を実施したところ,肺血管周囲のガス像を認めた(図6).病歴及び画像所見から,本症例では消化管閉塞による頻回の嘔吐が縦隔気腫の原因となったと考えられる.

図6 CT の横断像(A)と背断像(B)
気管支血管周囲のガス貯留(矢頭)及び縦隔気腫(矢印)を認める.
参考文献
  • [ 1 ] Macklin CC : Transport of air along sheaths of pulmonic blood vessels from alveoli to mediastinum, Arch Intern Med, 64, 913-926 (1939)
  • [ 2 ] Thomas EK, Syring RS : Pneumomediastinum in cats: 45 cases (2000-2010), J Vet Emerg CritCar, 23, 429-435 (2013)

キーワード:縦隔気腫,消化管内異物,X 線