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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第73巻(令和2年)第12号掲載)

症例:チンチラ雑種猫,避妊雌,13 歳齢

既往歴:なし

病歴:半年前から便秘気味だったが,1 週間前に血尿に気づいた.食欲も低下している.よだれが出ていて口を痛がっている.多飲多尿あり.精査のために当院を受診

主訴:血尿,食欲低下

一般身体検査:体重3.68kg(BCS 2/5),体温(38.0℃),心拍数127/分,呼吸数28/分.流涎及び疼痛を伴う重度の歯肉炎.重度の脱水.触診で,腎腫大と宿糞が認められた.

血液検査・血液化学検査:好中球主体の白血球増多症(22,500/μl),BUN(128mg/dl) 及び血清Cre(5.3mg/dl,IRIS CKD ステージ4 期),リン(6.8mg/dl),Na(163mEq/l),Cl(137mEq/l)の増加を認めた.T4 は参照範囲内であった.

尿検査:薄黄色透明,比重1.010,非溶血2+,pH5,UPC 0.19.尿沈渣では,赤血球1+,脂肪滴が認められた.
図1 は来院時の腹部X 線写真,図2 は腎臓の超音波検査画像である.


質問1:追加すべき検査を述べよ.

質問2:最も疑われる疾患名とその特徴を述べよ.


図1 症例の腹部X 線検査(ラテラル像)
図2 腎臓の超音波検査画像
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
追加すべき検査は,猫多発性囊胞腎の遺伝子検査である.ペルシャ近縁種であること,腎臓内に複数の囊胞が形成されていたことから猫多発性囊胞腎を鑑別診断にいれるべきである.
猫多発性囊胞腎は,常染色体優性遺伝の形式をとり,PKD1 遺伝子,エクソン29.c.10063 部位のナンセンス変異が原因で発症する.これまでペルシャや近縁種が好発品種とされてきたが,日本猫やアメリカンショートヘア,スコティッシュフォールドなどの他の品種でも同じ遺伝子変異を有し多発性囊胞腎を発症することが報告されている.抗凝固処理した全血から抽出された白血球DNA を使用して,PCR-RFLP 法によって検出が可能である.この方法はPCR でDNA を増幅し,その遺伝子変異部位を特異的に認識する制限酵素を利用して切断する手法である.すなわち,遺伝子変異の判定は,アガロースゲル電気泳動像のバンドパターンを利用する(図3).

PKD 陽性… 3 本のバンド(正常DNA 1 本:559bp,異常DNA → 2 本:316bp,243bp)

PKD 陰性… 1 本のバンド(正常DNA 1 本, 正常DNA 1 本,同じ長さなのでバンドとしては559bp の1 本として検出

本症例のPKD1 遺伝子検査では,3 種類のバンドが検出されたため,PKD1 遺伝子変異による猫多発性囊胞腎と確定診断した.

腎囊胞の形成の原因には,猫多発性囊胞腎の他,腎リンパ腫などによる二次性囊胞,後天性腎囊胞や他の先天性腎囊胞なども挙げられるため,猫の腎囊胞イコール遺伝性多発性囊胞腎とはならないことに注意する.PKD1 遺伝子検査で陰性だった場合は,他の原因を検討する.画像診断で遺伝性多発性囊胞腎と診断・治療されていたが,実は腎リンパ腫だったという症例が少なからず存在している.


質問2に対する解答と解説:
本症例のPKD1 遺伝子検査が陽性であったことから,猫多発性囊胞腎と確定診断した.猫多発性囊胞腎の最大の特徴は,年齢とともに,両腎における囊胞の数と大きさが増し,囊胞内部に囊胞液が貯留されていくことにある(図4).先天性疾患でありながら,時間をかけて腎囊胞が形成されていくため,腎機能低下を示す臨床徴候は中年齢以降になってから現れ始める.猫多発性囊胞腎では,腎機能低下による臨床徴候を示すのは平均7 歳(3 ~10 歳)とされ,大部分が緩徐に進行していくタイプである.しかし,少数例ではあるが,腎囊胞の形成が早い早期発症タイプも存在する.


猫の多発性囊胞腎の存在は,1967 年から報告されていたため,疾患名は誰しもが聞いたことがある有名なものである.しかし,原因遺伝子が突き止められたのは2004 年になってからのことであり,上述の経時的な囊胞形成及び貯留液貯留のメカニズムについては猫ではほとんど解明されていない.一方,猫と非常に類似した病態をとる人の常染色体優性遺伝の多発性囊胞腎は難病指定され,精力的に研究が進められた結果,世界的に大規模な臨床試験を経て治療薬が認可された.現在,猫では慢性腎臓病に準じた対症療法が猫多発性囊胞腎の症例に実施されているが,特異的な治療薬はまだない.


特異的治療薬がないにもかかわらず,日本全国でさまざまな品種に猫多発性囊胞腎が広がっている現状を踏まえると,いまだバースコントロールが不十分であり,心を痛めている飼い主が多くいることを示している.飼い主やブリーダーに対する獣医師によるインフォームドコンセントや遺伝子検査の勧めが,より一層大切となるであろう.


図3 PCR-RFLP 法による猫PKD1 遺伝子検査
同一症例内において,左のレーンはPCR で得られた反応産物,右レーンはPCR 反応産物を制限酵素切断したものをアガロースゲル電気泳動したものである.
図4 症例の腎臓の肉眼像
皮髄に大小多数の囊胞液を容れた腎囊胞が形成され,腎実質の菲薄化を招いていた.

キーワード: 血尿,猫,腎腫大,腎囊胞,高窒素血症