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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第4号掲載)

症例:雑種猫,13歳齢,避妊雌.

既往歴:特になし.

主訴・病歴:2週間前から浅速呼吸が認められるようになった.発咳は認められなかった.活動性及び食欲は正常時の20〜30%まで低下していた.

身体検査:体重3.65kg, 体温37.5℃,心拍数136回/ 分,呼吸数60回/ 分,心臓の聴診において心雑音,不整脈,奔馬調律を含めた異常は聴取されなかった.

ポイント・オブ・ケア胸部超音波検査:左側胸腔(図1).右傍胸骨短軸断面(大動脈︲ 左心房レベル)(図2).


質問1:浅速呼吸の原因として最も疑うべき病態は何か.

質問2:ポイント・オブ・ケア胸部超音波検査の後に症例の状態の安定化を図った.図3 はその後に実施した心臓超音波検査で記録した心尖部四腔断面像である.また,左心室の壁の肥厚や収縮力の低下は認められなかった(図4).質問1の病態の原因として最も可能性が高い疾患は何か.


図1 左側胸腔のB モード画像
図2 右傍胸骨短軸断面(大動脈︲ 左心房レベル)のBモード画像.左心房径/大動脈径(LA/Ao)は2.49であった.
図3 心尖部四腔断面のBモード画像.矢印で指し示した構造物に着目してほしい.
図4 右傍胸骨短軸断面(腱索レベル)のBモード画像.左心室の壁の肥厚は認められず(左心室の拡張末期壁厚:最高3.3mm),左心室の収縮力の低下も認められなかった(左心室内径短縮率:55%).
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
ポイント・オブ・ケア胸部超音波検査において認められた多量の胸水貯留と顕著な左心房の拡大を踏まえると,浅速呼吸の原因として最も疑うべき病態はうっ血性心不全である.胸水貯留と左心房の拡大を検出し次第すぐに胸水の抜去(左右胸腔で合計して250ml)を行ったところ,胸水抜去後には症例の浅速呼吸は改善した.

猫が頻呼吸や呼吸困難を呈する原因は多岐にわたる.従来は頻呼吸や呼吸困難を呈する猫に対してはまず胸部X線検査が行われていたが,ストレスに弱い猫は胸部X線検査のために無理に保定すると急変する(最悪の場合,死亡する)可能性がある.そのため,近年は頻呼吸や呼吸困難を呈する猫に対してまず初めにポイントを絞った簡易版の胸部超音波検査(ポイント・オブ・ケア胸部超音波検査)を行う機会が増えている.ポイント・オブ・ケア胸部超音波検査を行えば,気胸,胸水貯留,うっ血性心不全などの疾患・病態を胸部X 線検査よりも迅速かつ安全に診断できる可能性がある.なお,アメリカ獣医内科学会から2020年に出版された猫の心筋症の診療に関するコンセンサス・ステートメント[1]においても,猫がうっ血性心不全を呈している可能性があり胸部X 線検査を安全に実施できなさそうな場合には,実施可能であればまずポイント・オブ・ケア胸部超音波検査を行うことが推奨されている.

頻呼吸や呼吸困難を呈する猫におけるポイント・オブ・ケア胸部超音波検査によるうっ血性心不全の診断は,①胸水,肺のB ライン(図5),あるいは心膜液の貯留があること,②左心房の明らかな拡大があること,をもとに行われる[1].左心房の拡大については,その程度が重度であればあるほどうっ血性心不全の可能性がより高くなる.ただし,「この検査数値であればうっ血性心不全がある」というコンセンサスが広く得られるような超音波検査における左心房の拡大に関する診断基準はまだ存在しない[1].51 頭の呼吸困難を呈する猫(うち33 頭がうっ血性心不全であった)にポイント・オブ・ケア胸部超音波検査を行った過去の報告[2]においては,左心房径/ 大動脈径(LA/Ao)>1.5 をカットオフ値にしたところ,感度93.9%,特異度94.4%の精度でうっ血性心不全と他の原因を鑑別することができた.また,猫においては「LA/Ao>1.5 なら左心房の拡大あり[2, 3]」,「LA/Ao>2.0 なら重度の左心房の拡大あり[3, 4]」と判断されることが多い.本症例のLA/Ao は2.49 であり,うっ血性心不全の発症に矛盾しない重度の左心房の拡大が認められると判断した.


図5 心原性肺水腫を呈した猫(今回の症例とは別の猫)の肺の超音波画像.肺表面から深部に向かう高エコー性の線をBライン(矢印)と呼び,心原性肺水腫を示唆する超音波画像所見であると考えられている(もちろん他の疾患で認められる可能性もある).

質問2に対する解答と解説:
本症例においては,胸水の抜去により浅速呼吸の改善が認められた後にうっ血性心不全の原因を調べるために標準的な心臓超音波検査を行った.左心室内には図3で示したような左心室自由壁と心室中隔を架橋する心内膜の瘢痕が認められた.心内膜の瘢痕が存在する部位においては狭窄血流が認められた(図6).加えて,図4 で示したように左心室の壁の肥厚や収縮力の低下は認められなかった.また,うっ血性心不全の原因あるいは増悪因子となりうる疾患の探索のために血液検査(総T4 を含む)と血圧測定を行ったが,異常は認められなかった.以上の検査所見を総合して,うっ血性心不全の原因として心内膜心筋型の拘束型心筋症を診断した.

猫においてうっ血性心不全を起こす代表的な原因疾患としては心筋症と先天性心疾患が挙げられ[2],特に高齢の猫においては心筋症が原因疾患である可能性を考えるべきである.アメリカ獣医内科学会から2020年に出版された猫の心筋症の診療に関するコンセンサス・ステートメント[1]においては,猫の心筋症を心臓超音波検査における構造的及び機能的な特徴(フェノタイプと呼ぶ)に基づいて表のように分類することが提案されている.なお,心臓外の疾患・病態により各フェノタイプと合致する心臓超音波検査所見が引き起こされたり心臓超音波検査所見が修飾されたりするため,心臓外の疾患・病態の探索が行われるまでは診断名にフェノタイプを付することが提案されている.例えば,心臓超音波検査において左心室壁の肥厚が認められた場合には,いったんは「肥大型心筋症フェノタイプ」と診断し,同フェノタイプを引き起こしうる心臓外の疾患・病態(例:甲状腺機能亢進症,全身性高血圧症)の存在が否定された後に「肥大型心筋症」と診断される.ちなみに,このような状況で甲状腺機能亢進症が診断された場合には「甲状腺機能亢進症を伴った肥大型心筋症フェノタイプ」と診断される.本症例においては,心臓超音波検査で認められた所見を引き起こすような心臓外の疾患・病態が特定されなかったため,「心内膜心筋型の拘束型心筋症」と診断した.

心内膜心筋型の拘束型心筋症は,主に左心室に心内膜あるいは心内膜心筋の瘢痕が形成される疾患である[5].人間においては原因疾患(Löffler 心内膜炎など)が特定されることもあるが,猫の心内膜心筋型の拘束型心筋症の原因はまだ明らかになっていない[5].本疾患においては心室(主に左心室)の拡張が妨げられることにより,心室充満圧及び心房圧が進行性に上昇し最終的にうっ血性心不全が発生する.猫の心内膜心筋型の拘束型心筋症の予後は多様であるものの不良であることが多く,30頭の猫の転機を調べた過去の報告[5]においては診断からの生存期間の中央値は30日であった.本症例も内科療法(フロセミド,ピモベンダン,クロピドグレル)及び定期的な胸水抜去によりいったんは状態が安定したが,次第にうっ血性心不全をコントロールできなくなり診断から45日後に斃死した.

図6 心尖部四腔断面のカラードプラ画像.図1で示した心内膜の瘢痕が存在する部位において狭窄血流を示唆するモザイク状のシグナル(矢印)が認められた.
表 猫の心筋症の分類とその定義
参考文献
  • [ 1 ] Luis Fuentes V, Abbott J, Chetboul V, Côté E, Fox PR, Häggström J, Kittleson MD, Schober K, Stern JA : ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats, J Vet Intern Med, 34, 1062︲1077 (2020)
  • [ 2 ] Ward JL, Lisciandro GR, Ware WA, Viall AK, Aona BD, Kurtz KA, Reina-Doreste Y, DeFrancesco TC : Evaluation of point-of-care thoracic ultrasound and NT-proBNP for the diagnosis of congestive heart failure in cats with respiratory distress, J Vet Intern Med, 32, 1530︲1540 (2018)
  • [ 3 ] Schober KE, Chetboul V : Echocardiographic evaluation of left ventricular diastolic function in cats: Hemodynamic determinants and pattern recognition, J Vet Cardiol, 17 Suppl 1, S102︲S133 (2015)
  • [ 4 ] Kittleson MD, Côté E : The Feline Cardiomyopathies: 2. Hypertrophic cardiomyopathy, J Feline Med Surg, 23, 1028︲1051 (2021)
  • [ 5 ] Kimura Y, Fukushima R, Hirakawa A, Kobayashi M, Machida N : Epidemiological and clinical features of the endomyocardial form of restrictive cardiomyopathy in cats: a review of 41 cases, J Vet Med Sci, 78, 781︲784 (2016)

キーワード: 猫,拘束型心筋症,うっ血性心不全,ポイント・オブ・ケア