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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第8号掲載)

症例:犬(柴),8歳6カ月齢,去勢雄,体重8.7kg

主訴:間欠的な食欲不振.もともと食欲にムラがあったが,最近は一日全く食欲がない日があった.また,ボール遊びをする元気はあるが,寝ている時間が増えたとのことであった.排便や排尿等に問題はなく,間欠的な食欲不振の症状以外には特に異常がみられなかったことから,原因不明の食欲不振で紹介受診となった.

身体検査:心拍数102回/分,心雑音なし,呼吸数30回,体温38.2℃.BCS 3.0.粘膜色正常,皮膚ツルゴール試験1.5秒以下,口腔内歯石の軽度蓄積あるが,歯肉炎は軽度で口腔内潰瘍や流涎等なし.体表リンパ節の腫大なし,腹部圧痛なし.両眼における上強膜血管の充血(眼瞼痙攣や眼脂はなし)がみられた.

血液検査:

腹部X線検査:特記なし

細隙灯顕微鏡検査:瞳孔は散大気味であり,左眼に軽度の角膜浮腫がみられた(図1).房水フレアや虹彩の腫脹,虹彩萎縮はみられなかった.また,水晶体の動揺や,水晶体位置の異常はみられなかった.

対光反射:右眼(++/-),左眼(-/++)それぞれ(直接反応/間接反応)

表 一般血液検査・生化学検査
右眼
左眼
図1
右眼
左眼
図2

眼神経学的検査:眼瞼反射(+/+),眩惑反射(+/-),威嚇まばたき反応(-/-)それぞれ(右眼/左眼)

シルマー涙試験:右眼 18mm/分,左眼 16mm/分眼圧:右眼 32mmHg,左眼 39mmHg

フルオレセイン試験:両眼とも陰性

眼底像:図2


質問1:診断は何か.

質問2:本症例に対する治療法は何か.また,追加で必要な検査はあるか.

解答と解説

本症例は,間欠的な食欲不振というはっきりしない主訴で来院した.血液検査を中心に全身の検査を行っていったが,明らかな食欲不振の原因となる結果は得られなかった.一方で両眼の充血を発見し,飼い主にいつから充血があったか確認したが,眼瞼痙攣,眼脂といった明らかな眼症状もないことから,眼は気にしていなかったとのことであった.確かに充血はあったが柴犬で奥目なため,しっかりと眼瞼を挙上しないと充血が確認できない症例であった.


質問1に対する解答と解説:
充血の原因を探るため,細隙灯検査や眼圧検査,眼底検査を実施したが,眼圧上昇に加え,正常な犬の眼底所見と比較すると(図3),視神経乳頭の生理的陥凹拡大,網膜血管の狭細化,視神経乳頭の軽度萎縮の所見から,緑内障が疑われた.眼内の炎症所見や水晶体の状態に異常はなく,原発緑内障が疑われた.また,左眼は各種視覚検査(対光反射,眩惑反射,威嚇まばたき反応)にてすでに視覚を喪失していることが示され,視覚の回復は困難であると思われた.一方右眼は高眼圧であるものの視覚は維持されており,眼圧のコントロールができれば視覚維持ができるものと思われた.右眼の威嚇まばたき反応が陰性であったのは,緊張からきているものと考えた.

緑内障は不可逆的かつ進行性の神経変性疾患であり[1],高眼圧をリスクファクターとする.そのため,高眼圧=緑内障ではないことに注意が必要である.高眼圧では疼痛から食欲不振が生じることがあること,特に柴犬は緑内障のハイリスクな犬種であるため[2],必ず緑内障を鑑別診断に入れるべきである.なお,本症例は抗緑内障点眼薬(ラタノプロスト,1日3回)にて眼圧が正常範囲まで低下すると食欲がもとに戻った.また,本症例は神経質な性格で緊張も強く,明らかな眼症状(眼瞼痙攣等)を示していなかったことが診断を困難にさせていた一因であると考える.Kato らの報告によると,柴犬における緑内障の平均発症年齢は8.4±3.1 歳齢と,年齢も平均値に近いものであった.


質問2に対する解答と解説:
原発緑内障と続発緑内障で治療方法や使用可能な薬剤が変わってくる.本症例のように原発緑内障が疑われる場合の内科療法としては,眼圧下降作用の強いプロスタグランジン製剤(ラタノプロスト等)が第一選択薬となる.一方で,ぶどう膜炎や水晶体脱臼に続いて生じる続発緑内障の場合,抗炎症薬など原疾患に対する治療が重要である.また,抗緑内障点眼薬としてはβブロッカー(チモロールマレイン酸等)や炭酸脱水酵素阻害薬(CAI,ドルゾラミド等)が選択される一方,プロスタグランジン製剤は炎症を悪化させる可能性があること,強力な縮瞳作用があることから使用には注意が必要である[3, 4].

また,原発緑内障の診断には隅角鏡(図4)を用いた隅角と呼ばれる房水排出路の検査が必要であり,この検査により開放隅角緑内障と閉塞隅角緑内障に分類することができる.柴犬ではおよそ2割が開放隅角緑内障で,残りは閉塞隅角緑内障に分類されることから[2],隅角の形成異常が緑内障の発症要因であると考えられている.このように,緑内障の診断は眼圧のみで判断するのではなく,眼底検査や隅角検査など専門的な検査が必要であるため,必要に応じてなるべく早期に二次診療施設へ紹介することも重要である.

図3 犬の正常な眼底像
図4 Koeppe 式隅角鏡
参考文献
  • [ 1 ] Weinreb RN, Aung T, Medeiros FA : The patho-physiologyand treatment of glaucoma: a review,JAMA, 311, 1901-1911 (2014)
  • [ 2 ] Kato K, Sasaki N, Matsunaga S, Nishimura R,Ogawa H : Incidence of Canine Glaucoma with Goniodysplasia in Japan: A Retrospective Study,J Vet Med Sci, 68, 853-858 (2006)
  • [ 3 ] Gelatt KN, MacKay EO : Ef fect of dif ferent dose schedules of latanoprost on intraocular pressure and pupil size in the glaucomatous Beagle, Vet Ophthalmol 4, 283-288 (2001)
  • [ 4 ] Tof flemire KL, Whitley EM, Allbaugh RA, Ben-Shlomo G, Robinson CC, Overton TL, Thiessen CE, Evans EA, Griggs AN, Adelman SA, Ludwig AL, Jens JK, Ellinwood NM, Peterson CS, Whitley RD : Comparison of two-and three-times-daily topical ophthalmic application of 0.005% latanoprost solution in clinically normal dogs, Am J Vet Res, 76, 625-631 (2015)

キーワード: 原発緑内障,柴犬,プロスタグランジン,視覚喪失,疼痛