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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第10号掲載)

症例:柴犬,10歳齢,雄.

既往歴:特になし

主訴・病歴:2 カ月間持続する嘔吐と下痢,低アルブミン血症(2.2g/dl)の精査を希望され来院された.プレドニゾロン(1mg/kg)の投与を1 週間程継続したが消化器症状の改善は認められなかった.

身体所見:体重 9.7kg,体温 38.3℃,心拍数 100/min,呼吸数 36/min.BCS 2/5 とやや削痩を認めた.

血液検査:総白血球数 31,530/μl,ヘマトクリット 34.9%, 血小板数 540×103 /μl
TP 5.0 g/dl,Alb 2.7 g/dl,Glu 131 mg/dl,
BUN 14.8 mg/dl,Cre 0.5 mg/dl,ALT 102 IU/l,
AST 50 IU/l,ALP 201 IU/l,T-Bil 0.1 mg/dl,
T-cho 109 mg/dl,TG 94 mg/dl,Na 147 mEq/l,
K 4.2 mEq/l,Cl 100 mEq/l,Lipase 926 IU/l,
CRP 0.8 mg/dl

腹部X線検査:腹部右ラテラル像(図1)

腹部超音波検査:十二指腸の縦断像(図2)と十二指腸と膵右葉領域の横断像(図3)


質問1:腹部X線画像の異常所見は何か.

質問2:腹部超音波検査の異常所見は何か.

質問3:確定診断のために必要な追加検査は何か.


図1 腹部右ラテラル像
図2 十二指腸の縦断像
図3 十二指腸と膵右葉領域の横断像
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
小腸にびまん性の液体貯留と拡張が認められる.小腸に液体貯留を認めることから,小腸の閉塞性疾患の可能性も考えられるが,拡張の程度は軽度であり,小腸の運動性低下による機能性イレウスが疑われる.ガスを貯留した腸管も認められるが,主に大腸であると思われる.上記の所見より,小腸の運動性を低下させる消化管または消化管外疾患の可能性が疑われる.


質問2に対する解答と解説:
図2 は十二指腸の縦断像であり,コルゲートサインと腸壁の肥厚(壁圧 7.0mm)が認められる.また,図3は十二指腸と膵右葉の横断像であり,径10mm 程度の低エコー源性の腫瘤性病変が認められ,その周囲の脂肪は高エコー源性を呈している.これらの超音波検査所見より,膵外分泌疾患(膵炎,膵外分泌腫瘍など)や消化管疾患(慢性腸症や消化器型リンパ腫)が鑑別診断としてあげられる


質問3に対する解答と解説:
追加検査として上部消化管内視鏡検査を実施するとともに,腹部CT 検査を実施して膵臓の腫瘤病変の精査を行った.内視鏡検査では十二指腸の粘膜の肥厚と重度の不整が認められ,潰瘍病変が多発性に認められた(図4).十二指腸と空腸の内視鏡下粘膜生検の病理組織学的検査では,リンパ管の拡張とリンパ球及び形質細胞の浸潤に加えて好中球の浸潤も認められ,化膿性腸炎と診断された.腹部のCT 検査では,右葉を含め膵臓には明らかな腫大は認めなかったが,膵右葉尾側端において他の膵実質と比べて低吸収に認められる腫瘤病変が確認された(図5).膵右葉尾側に腫瘤病変が存在し,十二指腸で多発性の潰瘍病変が認められたことから,膵臓原発のガストリン産生性腫瘍(ガストリノーマ)を疑い血中ガストリン濃度の測定を実施した.本症例の血中ガストリン濃度は1,876pg/ml であり,健常犬のおおよその正常値上限と考えられる200pg/ml を大きく上回る値であった.本症例では,腫瘤が膵右葉尾側に限局していたことから,外科的摘出を実施した.切除した膵臓腫瘤の病理組織学的検査にて膵島内分泌腫瘍と診断された.ガストリノーマは犬では希な神経内分泌腫瘍であり,腫瘍細胞から分泌されるガストリンによる胃酸過剰分泌が,胃粘膜の肥厚,胃十二指腸潰瘍,逆流性食道炎,十二指腸液のpH 低下による粘膜障害や消化酵素の不活化を引き起こす[1].これらの上部消化管障害により,嘔吐,食欲不振,下痢,消化管出血,体重減少などの症状を呈する.犬ではガストリノーマの多くは膵臓が原発であり,診断時には85%の症例でリンパ節,腸間膜,肝臓,腹膜,脾臓などに転移が認められると報告されている[2].ガストリノーマは小型の腫瘤であることが多く,一般的に超音波検査での検出は難しく,CT検査による腹部精査が必要となる.血中のガストリン濃度測定が診断の補助となるが,犬における基準値は確立されていない.ヒトでは200pg/mlまでが基準値とされており,過去の論文報告を参考にすると犬でも同程度ではないかと考えられる.

図4 十二指腸の内視鏡像
図5 腹部CT 画像
膵右葉尾端に腫瘤性病変が認められる(点線囲い)
参考文献
  • [ 1 ] Nelson RW, Maggiore AD : Gastrin-secreting neoplasia, Small Animal Internal Medicine, Nel-son RW, Couto CG, 6th ed, 853-854, Elsevier, St.Louis (2020)
  • [ 2 ] Lunn KF, Boston SE : Gastrointestinal endocrinetumors, Withrow & MacEwen’s Small AnimalClinical Oncology, Vail DM, Yhamm DH, Liptak JM, 6th ed, 584-585, Elsevier, St. Louis (2020)

キーワード: 慢性嘔吐,胃十二指腸潰瘍,膵臓腫瘍,ガストリン.