獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第12号掲載)
症例:シーズー,10歳,去勢オス
現病歴:6週間前から鼻汁・鼻詰まりを認めた.2週間前から左上顎が徐々に膨らみ,くしゃみが増加,就寝時に苦しくなって起きてしまうこともある.
視診:左鼻梁部は軟らかく膨隆する.左上唇をめくると左上顎前臼歯レベルの歯肉も柔らかく膨隆しており,第1-3 前臼歯は臨床的欠歯であった(図1).
X線検査:頭部側方斜位像(図2)と背腹像(図3)を撮影した.
生検:隆起部分の針吸引生検を実施したところ,血様漿液が約2ml 抜去され隆起部分は陥凹した.抜去された液体の沈渣では赤血球とマクロファージを認めた.
質問1:本症例のX線像の所見を述べよ.
質問2:臨床症状の原因として最も可能性が高い疾患は何か.
質問3:本症例に対する適切な治療法は何か.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
左上顎の犬歯と第4前臼歯の間は視診では第1-3前臼歯が欠損していたが,X 線像ではこの部位に歯に一致する構造物を3 本認める.さらにその周囲の上顎骨には骨融解を認める(図4,5).
質問2に対する解答と解説:
左上顎において,視診では第1-3前臼歯は臨床的欠歯となっており,その領域には腫瘤が存在していた.この腫瘤は上顎骨を融解し,内部には埋没歯と思われる構造を3 本含んでいたこと,腫瘤内の液体を抜去すると腫瘤が縮小したこと,その貯留液の性状を総合的に判断すると歯原性囊胞,その中でも含歯性囊胞と考えられる.
質問3に対する解答と解説:
歯原性囊胞の治療は外科的切除である.埋没している未萌出歯すべてを抜歯し,囊胞壁もすべて切除することが必要で,囊胞を内張りしている上皮細胞を残すと再発してしまう.鼻腔・眼窩方向に拡大すると囊胞壁の切除が困難となるが,その場合は囊胞壁の掻破や焼烙を併用して上皮細胞を残さないように努める.
囊胞壁の切除・掻破・焼烙でも取りきれない場合には,囊胞を含めた顎骨切除も選択肢となる.
本症例ではCT 検査にて腫瘤は鼻腔内に浸潤する薄く均一な被膜に包まれた囊胞状であり,その中に3本の歯が埋没していることを確認した(図6).その後,口腔内から腫瘤を切開し,埋没歯3本の摘出と囊胞壁の切除を実施した.鼻腔側の囊胞壁は出血が多く摘出が困難であったため,アルゴンプラズマレーザーで囊胞壁を蒸散し,歯肉フラップにて同部位を閉鎖して終了した.術後は臨床症状が改善し,囊胞の再発も認められていない.
2017 年改訂WHO分類によると,歯原性囊胞は歯原性発育囊胞と炎症性発育囊胞に大別され,それぞれさらに複数の疾患に分類されている.犬では,主に歯原性発育囊胞に分類されている含歯性囊胞と歯原性角化囊胞,炎症性歯原性囊胞に分類されている歯根囊胞(歯髄・歯周疾患関連)が認められる.今回の含歯性囊胞は歯胚上皮が囊胞化したもので,犬では短頭種に好発する.そのため短頭種を含め臨床的欠歯がある個体では埋没歯の存在を考慮し,本疾患に留意する必要がある.
キーワード:犬,口腔,囊胞,埋没歯.