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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第76巻(令和5年)第2号掲載)

症例:犬(ポメラニアン),12 歳6 カ月齢,去勢雄,体重4.1kg

既往歴:1 年前より甲状腺機能低下症(レボチロキシンナトリウム 11.8μg/kg BID 投与)

主訴:2 カ月前より左前肢が外側にすべるようになり,1 週間後には頭部を右に曲げ歩行が困難となった.ホームドクターにてプレドニゾロン(1.2mg/kg)を処方され,一時的な改善が認められたものの,3 日前より四肢の不全麻痺を呈し起立及び歩行が困難となった.

身体検査:心拍数112 回/ 分,心雑音なし,体温38.2℃,呼吸数34 回/ 分

神経学的検査:左前後肢において姿勢反応は消失,右前後肢では姿勢反応が低下しており,四肢の上位運動ニューロン兆候が認められた.四肢の浅部痛覚は残存していた.また,脳神経検査では異常を認めなかった.

血液検査:ALP 6482 U/l を除き特筆すべき所見は認めなかった.

X 線検査:頭頸部及び胸部に特記すべき所見はなかった.

MRI 検査:頭頸部T2 強調MRI 画像(図1),ガドリニウム造影下T1 強調MRI 画像(図2).


質問1:本症例の検査結果から疑われる疾患は何か?

質問2:本症例に対する適切な治療法を考察せよ.


図1 頭頸部T2 強調MRI 矢状断像(A),横断像(B)
図2 頭頸部ガドリニウム造影下T1 強調MRI 矢状断像(A),横断像(B)
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例では環椎軸椎レベル(C1-C2)の左側に脊髄腫瘍を疑う腫瘤性病変が脊柱管内に認められる.また,T2 強調像において腫瘤の周囲が脳脊髄液により島状に縁取られ,矢状断像では腫瘤周囲のクモ膜下腔が拡大しゴルフティー様の所見を認めることから,硬膜内髄外病変と判定される[1].

犬において硬膜内髄外に発生する腫瘍は,髄膜腫の発生が多く,次いで神経鞘腫があげられる[1].髄膜腫及び神経鞘腫はMRI における腫瘤の信号様式や造影増強が類似している[2, 3].脊柱管内の腫瘤が椎間孔から末梢神経へと浸潤している際や,脊柱管内にて背根及び腹根の二股に増殖している例では末梢神経に沿って増殖・浸潤する神経鞘腫を疑う(図3).しかしながら,髄膜腫において末梢神経を通じて腫瘍が浸潤する例では[4],画像所見からの判別は困難である.髄膜腫のMRI 所見として腫瘍付着部硬膜の肥厚が造影増強されるdural tailsign が知られている.本症例ではdural tail signが認められなかったが,髄膜腫において必須の画像所見ではないとも報告されている[3].そのため,本症例では腫瘤の脊柱管外への浸潤が認められないことから,C1-C2 領域の髄膜腫が第一に疑われる.


質問2に対する解答と解説:
リンパ腫等の例外を除き,脊髄腫瘍に対する化学療法の治療効果は期待できない場合が多い[1, 5].したがって,髄膜腫の治療は腫瘍を摘出する外科療法や放射線治療が主な選択肢となる.過去の報告における症例数が限られており,外科的治療後の予後には不明な点が多いが,髄膜腫の外科的治療における予後は他の脊髄腫瘍と比較して良好であると考えられる[3, 6-8].また,術後に放射線治療を併用することで生存期間の延長が期待できる[3, 7, 8]

加えて硬膜内・髄外腫瘍の予後は,腫瘍の発生部位や腫瘍の種類,脊髄への浸潤程度に依存する.また,髄膜腫では脊髄膨大部や脊髄の腹側に腫瘍が発生した場合に予後が悪化するとされている[6].外科的にアプローチが可能な部位に発生し,脊髄との境界が明瞭な髄膜腫では,外科的治療が第1 選択となる.

本症例では,脊髄の左側に腫瘤が存在し,MRI画像より腫瘤と脊髄の境界が比較的明瞭なことからFNA 等の追加検査を行わず,切除生検を兼ねて外科的治療を実施した.C1-C2 の左側から片側椎弓切除術により脊柱管内にアプローチしたところ,硬膜内に腫瘤性病変が確認され(図4),硬膜切開後に腫瘤を摘出した(図5).術後のMRI 検査では,腫瘍の残存を疑う所見は認められなかった(図6).また,病理組織学的検査では,髄膜腫と診断された.本症例は,術後翌日に自力歩行が可能となり,8 日目の退院時に神経学的異常は認められず,良好に経過している.当初,術後に放射線治療の併用を計画していたが,飼い主の希望により放射線治療を実施しなかった.


図3 第2 頸神経に発生した悪性末梢神経鞘腫のガドリニウム造影下T1 強調MRI 矢状断像(A),横断像(B)
図4 片側椎弓切除後の術中所見貯留した脳脊髄液により硬膜が透けており,内部に腫瘤が確認できる(矢頭).
図5 硬膜切開後の術中所見硬膜内に腫瘤が確認できる(矢頭).
図6 術後の頭頸部ガドリニウム造影下T1 強調MRI 矢状断像(A),横断像(B)

参考文献

  • [ 1 ] Bagley RS : Spinal Neoplasms in Small Animals,Spinal disease, da Costa RC, et al eds, Vet ClinNorth Am Small Anim Pract, 40, 915-927 (2010)
  • [ 2 ] Kippenes H, Gavin PR, Bagley RS, Silver GM,Tucker RL, Sande RD : Magnetic resonanceimaging features of tumors of the spine and spinalcord in dogs, Vet Radiol Ultrasound, 40, 627-633 (1999)
  • [ 3 ] Besalti O, Caliskan M, Can P, Vural SA, Algin O,Ahlat O : Imaging and surgical outcomes of spinaltumors in 18 dogs and one cat, J Vet Sci, 17,225-234 (2016)
  • [ 4 ] McDonnell JJ, Tidwell AS, Faissler D, Keating J :Magnetic resonance imaging features of cer vicalspinal cord meningiomas, Vet Radiol Ultrasound,46, 368-374 (2005)
  • [ 5 ] Wheeler SJ, Sharp NJH : Neoplasia, Small animaldisorders: Diagnosis and Surger y, WheelerSJ, et al eds, 2nd ed, 41-72, Elsevier Mosby, London(2005)
  • [ 6 ] Fingeroth JM, Prata RG, Patnaik AK : Spinalmeningiomas in dogs: 13 cases (1972-1987), JAm Vet Med Assoc, 191, 720-726 (1987)
  • [ 7 ] Lacassagne K, Hearon K, Berg J, Séguin B, HoytL, Byer B, Selmic LE : Canine spinal meningiomasand nerve sheath tumours in 34 dogs (2008-2016): Distribution and long-term outcomebased upon histopathology and treatment modality,Vet Comp Oncol, 16, 344-351 (2018)
  • [ 8 ] Petersen SA, Sturges BK, Dickinson PJ, PollardRE, Kass PH, Kent M, Vernau KM, LecouteurRA, Higgins RJ : Canine intraspinal meningiomas:imaging features, histopathologic classification,and long-term outcome in 34 dogs, J VetIntern Med, 22, 946-953 (2008)

キーワード:犬,四肢不全麻痺,MRI 検査,硬膜内髄外腫瘍.